Red light&Blue light
※『茶屋町ナイト』での体験をもとに書いた
『魔法少女まどか☆マギカ』杏子&さやかの短編小説です。
「わー……本当に真っ暗になってる」
日が暮れ、闇が包む美滝原市の建物の群れ。普段は眩しいほどに人工の光が輝いているのだが、今日はどの建物の電気も消されている。
代わりに街を照らし出しているのは、あちこちに置かれた無数のキャンドル。蝋燭の灯が、仄かに周りを照らし、影が静がに揺らめく。
市の主催するイベント、キャンドルナイト。多くの人で賑わう道を、辺りを見渡してはしゃぐ美樹さやかと、その後ろでポッキーを加えて、頭の後ろで手を組む佐倉杏子の二人は歩いていく。
「あーあ、こういう事されると魔女の気配が探り辛くなるんだけどな」
「もう、ホント冷めてるんだから」
憮然とした様子の杏子をたしなめつつ、二人はキャンドルのモニュメントが設置された通りへと出た。
「フン、腹の足しにもなりゃ……ってオイ、なんだありゃ?」
言葉を切り、前方に設置された箱に見入る杏子。
「うわ、スゲえ……切り絵だ!」
搭状に積み上げられたキャンドルそれぞれに、動物や植物の黒い切り絵が貼られた大きな光のオブジェを食い入るように見つめる杏子。
「あ、あっちにも何かある!さやか、アンタも見ろよ」
(そんなくせして、本当はとても無邪気なんだよね)
内心で微笑みつつ、あっという間に夢中になって急かす杏子をさやかは追いかける。
数々の趣向の凝らされたオブジェに溜め息を漏らしつつ進んでいると、大きな広場に出た。設置された机の上に、小さなキャンドルの入った色とりどりの透明なグラスが置かれている。
「へー、表面にメッセージを書き込めるんだって。書いてみよっか」
「やだよ、こっぱずかしい」
「いいからいいから♪」
半ば強引に赤いグラスを押し付けられ、渋々といった体で押し付けられる杏子。さやかも、青いグラスを取る。
「今ここに来ているみんなが、平和に暮らせますように……っと」
「あらあら、みんなの正義の味方魔法少女さやかちゃんは今日も立派なこって」
「な、何よ!悪い?」
マジックでゴリゴリと書き込むさやかを杏子はおどけた様子で笑う。それに対し、さやかが反撃に。
「そういう杏子は何を書いたのよ」
「あ、アタシはいいだろ」
「怪しい……見せろー!」
「ひゃっ!やめろアホ!」
くすぐられながらもグラスを死守する杏子に、さやかが身体を離す。
「ま、無理に見ても気の毒だからね、諦めるとして、置きに行きますか」
「お、おう……」
広場に林立する円形の燭台に、二人は思いを込めたグラスを載せる。
「……と見せかけて!」
「なっ!?」
杏子がグラスを置いた瞬間に素早く盗み見るさやか。
グラスに書かれていたのは、子供たちの微笑む絵。
「……きょ、教会に来てた子供たちだよ」
「隠すことないのに、素敵な絵じゃない」
顔を赤くし俯く杏子の側で、さやかがグラスをそっと撫でる。
「絵も上手だし……けっこう書き慣れてる」
「く、クリスマスのカードとか書いてたからな」
感心しながら隣に自分のグラスを置き、離れるさやか。グラスの中のキャンドルが灯される。
「きれいだね」
グラスを通して溢れる赤、青、緑、黄、橙……無数の光。一つ一つの小さなメッセージがぽうっと浮かび上がり、二人の顔を穏やかに映し出す。
カメラや携帯電話を構える友達連れやカップル、子供が走り回らぬよう手を繋ぐ父親と、側で笑う母親。
「こんな平和な光景が、続けばいいのにね」
「……おう」
皆の笑顔と小さな火を眺めながら、さやかがそっと呟いた。その横顔を、杏子はじっと見つめる。
ふと視線を外し、さやかは耳を済ませた。どこからか、歌声とピアノの音が響いてくる。辺りを見回し、側にポスターが貼られているのを発見する。
「へー、キャンドルナイトコンサートだって!行ってみようよ!」
「あ、アタシは」
「ほら、行こう!」
杏子の手を掴んでゆっくりと駆け出すさやかに、戸惑いながらも、手を握り返す。自分のグラス、その後ろ側をさやかに見られなかった事に安堵しつつ。
熱い気配は、キャンドルの火のせいだけじゃない。静かに胸を押さえ、引っ張られるがままに駆けていく。
夜の風が、二人の頬を撫でる。木々をさざめかせ、建物の隙間を舞い上がる。
穏やかな夜は、まだ始まったばかりだ。