百合探偵リリィ・ホームズ(オリジナル?小説)
文芸サークルの冊子に向けて書いた、
『シャーロック・ホームズ』をもじった、趣味全開の小説。
ホームズファンの方、お許しくださいm( )m
「この中に一組、同性愛カップルがいます」
煌びやかな屋敷内に響き渡る声。
「……は?」
眼鏡をかけた男が、ぽかんと口を開いた。
「冗談も大概にしていただけません?一族への侮辱ですわ」
続けて、着飾った女が怒りを露わにする。
困惑する周囲の人々を堂々と見渡す相棒に、一抹の不安がよぎる。本当に大丈夫なんだろうな、ホームズ?
*
私の名はアザレア・H・ワトソン。ひょんなことから友人の探偵業を手伝う羽目になり、彼女の事務所で共同生活をしている。
「おいホームズ、お客さんだぞ」
「後にしてもらってくれ、今どうしても手を離せない」
机の上に視線を注いだまま、銀の長髪を持つ少女が答える。
彼女こそ私の親愛なる友人であり、頭痛の種でもある探偵、リリィ・ホームズ。“ある分野”において極めて優れた能力を発揮する名探偵として、世間では呼び声高い。
「なんだ、別の事件の調査か?」
「今『ガールズラブ・タイムズ』がいいところなんだ。あっしまった!『英国百合新聞』を取り忘れ」
帽子の上から頭をはたき、腕を掴んで客間へと引きずっていく。私に言わせればこんな奴はただの女性同性愛(世間では百合とか呼んだりもするらしい)好きの変態だ。
客間ではメイド服姿の女性が、緊迫した面持ちでじっと座っていた。私たちを見ると立ち上がり、優雅な動きでお辞儀をした。
「どういったご用件ですか?盗みとか殺人とかはベイカー街にいい探偵がいるからそっち行くといいですよ」
「やる気あんのかてめぇ」
かなり強い肘鉄を喰らわせる。
「いきなりのご無礼をお許しください。あんなんでも、一通りの探偵業務はきちんといたしますので……」
「いえ、これはホームズさんにしかお頼みできない事なんです。……同性愛者、に関する内容です」
床にうずくまっていたホームズの動きが止まる。瞬時に跳び起き、依頼人の前に目を輝かせて座る。
「詳細をお聞かせ願えますか!」
「は、はい」
やれやれ……。
*
「ちょっと、なぜここに庶民がいるの!」
大きな屋敷に入った私たちを、甲高い声が出迎えた。
正面、豪華なドレスに身を包んだ女性が、私たちを睨んでいた。いわゆる『貴族の女性』だ。私たちの前で案内を務めている、昨日のメイドが女性を咎める。
「シャルル様!こちらの方々はご主人様のお招きを受けた方々ですよ」
「お父様が……?まったく、どういうおつもりなのかしら!」
納得いかない様子で、重そうなドレスを引きずり、奥の広間へと姿を消す。
「我々はやはり招かれざる客のようだな、ホームズ?」
「勿体ないな、化粧と飾りを減らせば清楚な美少女なのに……そうだ!白!白のワンピースとかいけそう!」
「あっ駄目だこいつ会話できねえわ」
メイドからの依頼は次のようなものだった。さる貴族の跡継ぎを決める会合が行われる。しかし、その直前、跡継ぎ候補の中に、同性愛者が紛れ込んでいるという垂れ込みがあった。現当主である男が事実を確かめるため、メイドを通じて我々を雇い、会合へと招いたという訳だ。
「貴族か。そりゃあ嫌うよなあ」
子を成せず、聖書の教えに反する同性愛は、社会で迫害を受けている。とりわけ男尊女卑の風潮から、百合は発覚すれば重罪、死刑も珍しくないれっきとした『犯罪』だった。ホームズが読んでいた『GLタイムズ』や『英国百合新聞』も、性的嗜好者に向けたられたものではない。全く逆、同性愛者の指名手配情報や逮捕を報道し、百合を排斥するものだ。
そうなると、ホームズなどいつ銃殺されてもおかしくないが、国家権力は彼女に味方していた。彼女は百合に関して鋭い観察力を持ち、隠れた同性愛者を見つけ出す、英国警察御用達の秘密百合探偵なのだ。「本人らには申し訳ないけど、こんな美味しい商売、他にないし」とは彼女の談だ。アーメン。
奥の広間には、六人の跡継ぎ候補たちが顔を揃えていた。右と左に三人ずつ、真っ二つに離れている。右側にはドレスを着用した女性が三人。左側にはタキシード姿の女性が二人と、男が一人。私たちの案内をしてくれた依頼人のメイドに、左側の側に男の執事が一人。そして、中央に鎮座する小太りの現当主。彼らと私たち二人を合わせた計十一人が、屋敷の中にはいた。
「おう、よく来たなホームズ君!まあくつろぎたまえ」
「ホームズ!?」
場にいる者たちがざわつく。
「どういうつもりですのお父様!この高潔なるセレーネ族の屋敷に探偵風情を連れ込むだなんて!」
先ほど私たちを睨みつけた女性が抗議の声を上げる。
「彼らにはある依頼をしてね……おっとせっかくだ、自己紹介がてら、彼らに説明してもらおう」
という訳で、冒頭の場面に至る訳である。
「どうせあんたらナーデ家の中に犯罪者でも紛れ込んでるんだろうよ、まったく。こっちの品位までもが下がるわ」
そう言い鼻で笑う眼鏡をかけたタキシード姿の男を、女性は怒鳴り付ける。
「お黙りなさい!跡継ぎ目当てで一族に潜り込んだ養子のくせに!あなた方セレ家の中にいるに決まってるわ!」
「おい、私の一家を侮辱するとは許さんぞ」
タキシード姿の女性が眉を顰める。
「……吠えますわね。無様な男装の当主気取りが」
「何だと!」
ぼそりと呟く黒いドレスの少女に、掴みかからんとするタキシードの女性を、当主が制止する。
「やめんか、やめんか!客人の前だぞ!とまあ、ご覧の有様だ。私としても、一族に汚名を着せられたままでは面白くない。どうか、名高いホームズの目で突き止めてもらえんか。それまで、跡継ぎの発表は延期だ」
再びざわめきが起こる場。それをよそに、当主はさっさと屋敷の奥へと行ってしまった。
*
「セレーネ一族の中で、ナーデ家とセレ家、二つに分かれ、いがみあっている。本来跡継ぎは男性だが、この世代は女性が多いため、女性も跡継ぎ候補に入れるという結論を当主が下したため、皆目の色を変えている。現状の経緯はこんなところか」
「まったく、貴族という奴は面倒なもんだ。ホームズよ、何か目星はついたか」
ホームズは、紙にそれぞれの人物の特徴をまとめているようだった。この短期間で、さすがの分析力だ。
【ナーデ家】
・長女シャルル
高飛車なツンデレ。ド派手な服を脱がせてみたい!
・次女ナロル
クールな委員長キャラ。なぜ眼鏡じゃないんだ、勿体ない!
・三女クレール
毒舌貧乳娘。黒いのは仕様ですねわかります。
・専属メイドのドルシェ
跡継ぎとの禁断百合……あると思います!
【セレ家】
・長女レスタ
男装の麗人。狙い過ぎで逆にちょっと萎えぽよ
・次女ラータ
ツインテール腹ペコ娘。お弁当百合って萌えるよね。
・養子ゲンド
男に興味ねーよ……家主が呼んだ養子だってさ
・専属執事のファイザ
はいはいBLBL
「真面目に書けよ」
前言撤回、いらん情報しかない。とりあえず頭をはたく。
「そんなに心配しなくても、もう目星はついたさ」
しまった、叩きすぎて故障したか。
「今失礼なことを考えなかったか?もうこの表を見るだけでも、カップルはこの組み合わせしかないと分かるよ」
問い詰めようとした時、ガラスの割れる音が響き渡った。
*
「やったわね!エセ一族の癖に!」
「いつもキーキーとわめき立てて、不愉快だ!」
テーブルの上の食器類を落とし、掴み合うナーデ家長女・シャルルと、セレ家長女・レスタ。シャルルの頬は赤く腫れ、レスタの服はあちこちが破れている。
「何の騒ぎですの?まったく、夕食の途中でしたのに」
セレ家次女・ラータが口元をハンカチで拭きながら不満げに漏らす。メイド・ドルシェと執事・ファイザによって、二人は組み伏せられる。
「いい加減になさって、お姫様。私たちの一家までセレ家と同じと思われますわ」
ナーデ家次女・ナロルの冷たい言葉に、シャルルは唇を噛み締める。
「おやおや、一族の正当な長女のお二人が、呆れますねえ。とても当主の器じゃないですよ」
せせら笑うセレ家養子・ゲンドを、レスタはきっと睨んだ。
「……そう言えば、クレール様とご主人様の姿がないようですが」
いったん静まった空気の中、ドルシェが口を開いた時。遠くから悲鳴が響き渡った。
「今度はなんだ!?」
*
「……死人が、出てしまったか」
広い書斎、大量に散乱した本の下で、当主は息絶えていた。手元には一冊の本が握りしめられ、血塗れの頭の側には血痕のついた壺が転がっていた。
「お父様ぁ!どうしてこんなことに……!」
「白々しい、実の親子でもないのに」
泣き叫ぶシャルルを、ゲンドは鼻で嗤った。
「本を借りようと、扉を開けたら、もう……」
ナーデ家三女のクレールが震えながら答える。
「ホームズ、どうだ、現場の様子は?」
尋ねると、ホームズは何かに気付いた様子で本を掻き分け始めた。床の底に、血の付着したナイフが一本転がっていた。次に、ホームズは主人の手に握られていた本を手に取り、パラパラとめくった。あの本は……『セレーネ族の血』?うわ、つまんなそう。
「よし分かった!みんなを広間に集めて!」
……ん?
「という訳で、犯人はあなたですね、ドルシェさん」
わずか五分後、そこにはメイドのドルシェに指を突きつけるホームズの姿があった。
「おい!皆のアリバイとか屋敷の構造とか調べないのか!?」
ゲンドの言葉を流すホームズ。
「あーいらんいらんそんなん。ナイフの指紋を調べたら主人とあなたの指紋しかなかった。よってあなたが刺した。はい確定。あ、いかにもな壺はダミーね」
「名誉棄損で訴えるわよ!ドルシェは私たちに長らく仕えてくれた忠実なメイドなのよ!」
黙り込むドルシェをかばい、顔を真っ赤にしてシャルルが怒鳴る。
「もしかするとセレ家に跡継ぎが渡されると知っていたのかもしれませんねえ、それで主人のためを思ったか。あるいは、長年仕えたのに跡継ぎになれない鬱憤でしょうか」
「何を根拠に……!って、ドルシェ!?」
ホームズの前に、ドルシェが歩み寄る。
「……私のご主人様方の中に、犯罪者はおりません」
「ドルシェ、あなたまさか……?!」
「では、警官に来てもらうまで、お縄にしておきますか」
そう言い、ホームズは懐から手錠を取り出した。ドルシェに近付き、その手に錠が掛かろうとした瞬間。
「止めろ!!」
叫び声が上がる。セレ家の長女、レスタだ。
「レスタ!」
シャルルが悲鳴を上げる。レスタは一瞬、哀しそうに笑い、口を開いた。
「私だ。当主を殺したのは、私だ。だから、そのメイドを放してやれ」
ホームズの前に立ち、手を差し出す。
「なんたる高潔さ。あなたこそ次期当主に相応しいのかもしれない。じゃあムショ行きましょうか」
レスタの手に手錠がかけられ、ホームズに連れて行かれんとする。
「待って!」
それにシャルルが追いすがる。
「……何の用だ、セレ家の長女。私を嗤いにでも来たのか。不愉快だ、去れ」
「……いいの、もう、いいの、セスタ。私……」
セスタの目が見開かれる。長らく門外漢だった私は懐からもう一つ手錠を取り出し、シャルルの手へと。
「逮捕されるべき者は二人。そうだな、セレ・シャルル」
「はい」
「馬鹿!どうして、どうしてっ!」
セスタがホームズの手を振り払い、シャルルの肩を掴む。
「あなたが犠牲になって自分だけ生き延びるなんて、耐えられない。私も一緒に逝くわ」
「という訳で皆様方、この二人がカップルでした」
ホームズの呼びかけに、周囲は静まり返ったままだ。
「この犯罪者たちは一族から追放、という事でよろしいですかな?では残った方々で、心行くまで跡継ぎを争ってくださいな」
呆然と残りの者たちが見つめる中、セスタとシャルルは俯き、黙り込んだまま連れて行かれた。最後に振り返ると、ドルシェが祈るような目線を向けていた。
*
「私たちをこれからどうするつもりだ」
屋敷の裏に停めてあった車に乗り込み、走らせること数時間。世闇に包まれた船場の側、小さな小屋に辿り着いた。
「流刑?それとも、溺死させるのかしら。せめて、最後は二人で死なせてちょうだい」
あれから黙り込んでいた私たちに、覚悟を決めた声で二人が言う。うん、ここまで来たらもう、話しても大丈夫だろう。「まあ、まずは小屋で着替えてきなさい」
そう言い、手錠を外して、二人に服の包みを渡す。二人は逃げ出す気力もないようで、言われるままに小屋に入って行った。
「なんだこれは?」
セスタに渡されたのは、見たこともない異国の服。一方のシャルルは。
「えっ……?」
真っ白なワンピース。着飾っていたかつての姿が、嘘のようだ。
「うんうん、よく似合ってる似合ってる。見立て通りだ」
困惑した表情で出てきた二人を見て、満足げにホームズが頷く。さらに、大きな鞄をセスタに渡す。
「まだ生きようという気持ちがあるのなら、これを持ってあの船に乗りなさい。同性愛が違法じゃない、他国に新しい住居を用意してあるから」
「えっ……!?」
「助けて、くれるの?」
「もう、煌びやかな貴族生活にも、英国にも戻れないがな。選びたまえ、貴族のまま死ぬか、恋人として新たな人生を始めるか」
ホームズの言葉に、セスタは迷わず、シャルルの手を握る。シャルルの頬が赤に染まった。
*
主としか扱われず、女だと認めてもらえなかった。
どんなに着飾ろうと、誰も女だとは見てくれなかった。
女としか扱われず、主だと認めてもらえなかった。
姿をどれだけ男に近付けようとも、嗤われるだけだった。
だからこそ、二人は惹かれあったのかもしれない。
「主人が死んだのも、奴が二人にナイフを突きつけて、もつれあった結果刺さっちゃったんだよな。本をつかってこっそり文通してて、それが主人に見つかってバレたと。まあ、いい機会だったんじゃないか」
満足げに鼻を鳴らすホームズをよそに、私は周囲を見渡しまくっていた。
「もうちょっと警戒してくれよ、バレたら即死刑なんだから」
「そうだな、私らもいつか結婚してジパングに行くか」
「なっ!?」
「冗談だ。私はもっと清楚な子がいい」
異様にムカついたのでローリングソバットをかけておいた。最後に念のため言っておくが、私は女だ。
慎重に痕跡を消しつつ、事務所へと戻る。その前に、人影だ。
「うーむ、大した変装だ。私でさえ一瞬誰か分からなかった」
「伊達に長くメイドやってませんから。で……上手く、いきましたか?」
私とホームズは、同時に親指を立てた。 (おわり)