しこうけいさつ24じ・広報部

カップリング二次創作の個人サークル「しこうけいさつ24じ」(代表:眠れる兎6号)の活動記録や、日々の雑記など。(Twitter:@nemureruusagi06)

捏造・葉留佳アフター(『リトルバスターズ!』二次創作小説)

恋愛ADV・アニメ『リトルバスターズ!』の、二次創作小説です。

原作・葉留佳ルートの後日談という設定で、

葉留佳さんの家で、彼女と理樹が二人きりで泊まることになる話です。

「世界の秘密」をはじめ、原作のネタバレを含みますので、

お読みくださる方はご注意お願いしますm()m

全年齢向けになるように一部の描写をカットしており、

元の版はpixivの方に掲載しております。

拙ない作品ですが、ご覧になっていただけますと幸いです。

 こんな心でも、彼は満たしてくれて。

 もう十分なはずなのに、行かなくてはいけないはずなのに。

 だけど、もう少しだけ。

 どうか、もう少しだけ、私の我が儘を許してください――

 教室の中を覗くと、まばらな人影の中にその姿を見つける。丸い髪飾りで右の一方に束ねた変則ツインテールに、白黒ストライプのオーバーニーソックス。一目で彼女だと分かる、特徴的なシルエット。

 葉留佳さんは、自分の席に座り、赤い腕章をした女の子と話をしていた。

「そうか、おねえちゃんもいないのかー。せっかく勉強教えてもらおうと思ってたのにー」

 机にだらりとうつ伏せ、葉留佳さんはその女の子を見上げる。葉留佳さんとよく似た顔立ちに、同じ髪色と髪飾りの女の子――二木さんは溜め息をつくと、机の上の答案用紙を持ち上げた。授業中に行われた小テストのようだけど……なかなかの大惨事だ。

「基本の所がほとんど出来てないじゃない。教えてもらう前に、ちゃんと自分で覚えなさい」

「それがなかなか難し……って、理樹君!?なんで!?」

 僕の姿に気付き、葉留佳さんが身体を跳ね起こした。とっさに自分の答案用紙を掴み、机の中に隠蔽する。

 一方、二木さんは微かな笑みを浮かべ、葉留佳さんに向き直った。

「じゃあ、私は委員会の仕事があるから。直枝君に迷惑かけないようにね」

「あ、おねえちゃんっ」

 それだけ言うと、二木さんは教室の外へと行ってしまった。

 数秒の沈黙の後、去った方向を見つめながら、葉留佳さんがぽつりとこぼす。

「もー、遠慮することないのに」

「ごめん、邪魔したかな」

「ううん、そんなことないですヨ。仕事があるのは本当だし、最近また忙しくなってるって言ってたから」

「…………」

「わ!なにその目は!?もうイタズラはしてないってば!たまにしか!」

「してはいるんだね……」

リトルバスターズのみんなにだけだよ……もう、おねえちゃんに迷惑はかけたくないから」

 その声から、おどけた色が消える。

「二木さんとは、クラスでもよく話すの?」

「うん。お互い、まだまだ固いところはあるけど」

 そう言うと、葉留佳さんは穏やかに微笑む。

 近くにいた、数人の女子生徒が席を立った。彼女たちと葉留佳さんの目線が合う。会釈する彼女たちに、葉留佳さんも少しぎこちなく、手を振り返した。

「クラスのみんなともね。これも、おねえちゃんのおかげかも」

 気が付くと、教室に居るのは僕と葉留佳さんだけになっていた。窓から夕日がうっすらと差し込み、部屋一面を茜色に染めていく。

 その光景を、しばらく僕たちは見つめる。思っていることは、きっと二人とも同じ。

 姉妹が敵視し合っていた、かつての日々。常に姉と比べられ虐げられてきた、葉留佳さんの悲しみと憎しみ。姉の本当の思いを知り、負の感情を乗り越え、再び姉妹で手を取り合った日。

 そして、夕暮れの教室で葉留佳さんに好きだと告げた、あの時のこと。

「……やはは」

 頬を染め、頭を掻きながら葉留佳さんが笑う。空気を払拭するかのように、再びおどけた口調に戻る。

「ただ、今でもしょっちゅう注意されるのは相変わらずですヨ。まったく、厳しいんだからー」

「その成績じゃ、無理もないと思うけど……」

「ぎゃーっ!」

 途端に、彼女が大きくのけぞった。

「やっぱさっきの見てた訳!?理樹君の覗き魔ー!出歯亀ー!エッチスケッチワンタッチー!!」

 唐突に普段のテンションに戻り、騒ぎ始める。

「来るなら事前にテレパシーしといてよー!」

「何をどうやって!?」

「こちらまで聞こえるくらいの大声で『私も今そちらへ向かいますはるちんー!』とでも叫んでくれたらバッチシですヨ」

「すでにテレパシーじゃないし、周りからすごい目で見られるよ……」

「もー贅沢だねー。じゃあ心の中で叫ぶこと、頭のはるちんソナーとはるちんアンテナでキャッチしたげる」

「それ、アンテナなの?」

「ふっふっふっ、伊達に毎朝時間かけて結んでる訳じゃないのさぁ」

 サイドテールの結び目を指で摘んで回しながら、得意気に微笑む。ころころと変わる葉留佳さんの表情を、僕は眺めている。

「まあ、対策はしないといけないよ。期末テストも近いんだし」

「わーん、話を元に戻されたー」

 意気消沈する葉留佳さんを前に、僕は提案してみる。

「僕で良ければ、見てあげられるけど」

「えっ?」

「基本なら、教えられると思う。クドの英語とか、何回か見たこともあるし」

「……本当、理樹君に頼りっぱなしだね、私」

 葉留佳さんはどこか、しょげた様子だ。

「気にすることないよ、好きでやってるんだから」

「駄目だよ、理樹君のそういうところ……」

 葉留佳さんは一人ごちると、くるりと回って僕と反対の方を向いた。その身体は小さく揺れていたが、不意に動きが止まる。そのまま、数秒が過ぎる。

「どうしたの?」

「えっ!?」

 呼びかけると、彼女は声を上げ、慌てて振り返った。

「あ、ご、ごめんね、ちょっと考え事してて」

 両手を勢い良く振り、曖昧な笑みを浮かべる。そして、ためらいがちに口を開く。

「じゃあ、お願いしてもいいかな?さっそく、今日からでもいい?」

「うん、場所はどうしよう?図書室とか集中しやすいと思うけど」

「……私の部屋、とか、ど、どうかな?教科書とかそっちにあるし、それに、家ならマフィンも用意してあげられるからっ」

 語気を強める葉留佳さんの緊張が、僕にも伝わる。部屋には何度も行ったことがあるはずなのに、どうしてなんだろう。

「うん、それじゃあ葉留佳さんの家にしようか」

 僕がそう言うと、彼女は俯き、小さく頷いた。

「ちょっと、寄り道してもいい?」

 家に向かう途中、葉留佳さんの買い物に付き添う。野菜やお肉といった食材が、かごの中に次々と入れられていく。

「本格的な買い物だね」

「その、両親からも頼まれてましてネ」

 会計を済ませると、大きな袋が二つほどに。鞄を左手に持ち替え、右手で二つの袋を持とうとすると、葉留佳さんに止められる。

「あ、私が持つよ」

「大丈夫だよ、こういうのは男の仕事だしさ」

「それかえって男尊女卑ーっ!私にも仕事させてー!」

「わっ」

 葉留佳さんの左手が袋の持っ手を握る。引っ張られ、二人のちょうど真ん中で袋が吊り下がった。

「このまま持とうか」

「……うん」

 大人しくなった。

 店を出て、一緒に荷物を持って歩く。指の背に、温かな手の感触が伝わる。

「理樹君、寮の門限は大丈夫?」

「うん、この時期はいつもより遅いんだ。残って勉強する人が増えるからだろうけど」

 話しながら、暮れなずむ住宅街をのんびりと歩いていく。二人の影が長く伸び、一つに重なる。

「うう、テスト嫌だなあ」

「でも、あんまり点数が悪かったら追試になるよ。そうしたら、修学旅行にも参加できなくなるかもしれない」

「……そうだね、もうすぐ、修学旅行なんだね」

 不意に、彼女の声が小さくなる。

「前に、理樹君が私の部屋で言ってくれたこと、覚えてる?」

「行く時のバスの話だよね。僕たちのクラスの中に潜り込んで、僕の隣に座る、って約束した」

「うん。そのことだけど」

 少しの間の沈黙。

「やっぱり、理樹君の隣は真人君に譲りますヨ。万が一の時には、真人君の方が頼りになるだろうから。私は、姉御かクド公の隣に寄せてもらうよ」

 僕は葉留佳さんの方を向いた。その表情は、夕日の影に隠れている。

「そうか……安心したけど、やっぱり残念だよ。僕は、今でも葉留佳さんと座りたいと思うから」

 どうしてか、葉留佳さんは目を伏せた。

「……本当に、理樹君は優しいなあ」

 しばらく無言が続き、やがて、いつも通りの脈絡のない雑談が始まったけれど。彼女が一瞬見せた表情が、胸の内で引っかかっていた。

「理樹君、お待たせー」

 葉留佳さんの家に着く。買い物袋を運び入れた後、部屋で待っていると、彼女が飲み物と手作りのお菓子を持って来てくれた。

「作り置きで悪いけどね」

 ジャムやチョコレートで味付けされた、色とりどりのマフィン。その中にマーマレードの乗ったものを見つけ、思わず頬が熱くなる。

「今日はシフォンケーキもあるんだよ、おねえちゃんと焼いたんだ」

「ありがとう」

 一口食べてみると、心地良いしっとりした感触とほのかな甘みが広がった。ミントの風味は、二木さんの直伝らしい。

「美味しいよ、上達したね」

「散々しごかれましたから、やはは」

 マフィンやケーキを頬張る僕の様子を、葉留佳さんはにこにこと眺めている。そうしているうちに、すっかりお皿は空になった。

 片付けを手伝った後、机の上に二人の教科書とノートを広げる。

「さすが理樹君、ノートもバッチシですネ」

「葉留佳さん、さっきから写してるだけのような」

「いやー、ノートは前にみんなから貸してもらったんだけどね。姉御のは脱線しまくりだし、小毬ちゃんとクド公のはなんだかメルヘンだし、鈴ちゃんのは猫のことばっかしで」

「なんとなく分かるかも」

「特に、みおちんのノートに書かれていたアレは……凄まじいカルチャーショックがががが」

「そ、想像したくない……」

 しばらくは大人しく取り組んでいた葉留佳さんだが、一時間、二時間と経つにつれて元気がなくなっていく。ついに机にへたりこみ、音を上げた。

「理樹くんばっかり私の勉強見てずるーい!私も理樹君の勉強見るー!」

「えー」

 仕方がないので、葉留佳さんには問題集をやってもらい、僕も自分の勉強を進めることにする。時々顔を上げると、彼女と目が合う。軽く注意しても、無邪気な笑顔を浮かべたまま。

「だって、理樹君の勉強してる姿、初めて見るから」

 解き進めてくれてはいるようなので止めはしないが、どうにも気恥ずかしい。

「そう言えば理樹君、お腹空かない?」

 不意に、葉留佳さんが聞いて来た。

「うーん、まだ大丈夫だけど。どちらかと言えば、空いてるかな」

 僕の答えを聞くや否や、彼女が立ち上がる。

「また用意して来るね。できたら呼びに来るから待っててー」

「あ、勉強はっ」

「ちょっと休憩ですヨ」

 引き止める間もなく、下に降りて行ってしまった。

「葉留佳さんの勉強を、見に来たはずなのになあ」

 苦笑しながら、彼女のノートを見る。一応、指示した所までは進めてくれているようだ。

 僕も休むことにして、大きく伸びをする。

 ふと、机の上の写真立てに気付く。額縁の中には、葉留佳さんと二木さんのツーショットに、家族の集合写真。

 ベッドの側には、前に自分が渡した目覚まし時計が置かれていて、クローゼットの上にはいくつかのぬいぐるみも。確か、リトルバスターズのみんなで遊びに行った時のものだ。殺風景だったこの部屋の景色も、少しずつ変わってきている。

 ほっと一息つき、勉強を再開しようとする。

「わあーーっ!」

 唐突に、扉の外から叫び声が響いて来た。慌てて部屋を出て、階段を降りる。

「どうしたの!?」

 視線の先、台所の中で、エプロン姿の葉留佳さんが頭を抱えていた。その前からは、何やら黒い煙が立ち込めている。

「ってここで理樹君!?なんで降りて来たのさーっ!」

 さらに狼狽する葉留佳さんを、なだめようと近付く。

「悲鳴が聞こえたからだけど……焼くのに失敗したの?」

「わーっ!」

 台所に入ろうとする僕を、葉留佳さんは必死で止めようとする。が、隠し切れず、台所の中にあるものが視界に入る。

「あれ?」

 フライパンの中で黒煙を上げているものは、マフィンやシフォンケーキではなく、黄色い卵焼き。カウンターには、砂糖やジャムの代わりに、先程買った野菜やお肉が並んでいる。

「うわーん!見られた~っ!」

 両手で顔を覆い、彼女が嘆き崩れる。

「いや、何が何だか」

 シンクの側のボウルに入った、一口大に切られたじゃがいもやニンジンを見て、ようやく気が付く。

「葉留佳さん、料理してたの?」

「違うよー!ここからスコーンへと劇的な変身を遂げるんだよー!」

「さすがに無理があるよ」

 ひとまず火の回りを確認し、焦げた卵焼きをフライパンからお皿に移す。

「うう、こっそり満漢全席仕上げて理樹君をびっくりさせようと思ってたのにー」

「真人や謙吾にも応援頼まないといけなくなるね……」

 しょげる葉留佳さんを励まし、棚に掛けられたエプロンを拝借する。手を洗い、彼女の側に立つ。

「手伝うよ」

 あわあわと口を動かしていた葉留佳さんだが、やがて観念した様子で、はにかみながら食材を手渡してきた。

「それじゃあ、お肉を一口大に切ってもらえる?肉じゃがを作ろうと思って」

 隣り合って、たどたどしくも賑やかに、調理を進めていく。

「しまった、調味料忘れてたー!」

「ひえー!もう沸騰してる!」

「ぎゃあー!じゃがいもがあーー!」

 かなり、前途多難ではあったけれど。

 食器を並べて、ご飯をよそって。テーブルの上に、二人分の料理が並ぶ。野菜サラダに味噌汁、そして肉じゃが。

「しょぼーん……」

 だが、葉留佳さんは浮かない顔だ。肉じゃがを見ると、じゃがいもが煮崩れし、ぐずぐずに溶けてしまっていた。

「おねえちゃんと作った時は、上手くいったのになあ。ごめんね、理樹君」

「一生懸命作ってくれたんだから、きっと大丈夫だよ。食べてみてもいい?」

「う、うん」

 二人同時に、手を合わせて。

「「いただきます」」

 葉留佳さんが緊迫した面持ちで見守る中、肉じゃがを口へと運ぶ。

「うん、美味しい」

「本当?」

 ぱあっと、その顔に笑みが浮かぶ。

「少ししょっぱいけど、じゃがいもの風味もちゃんとするし。玉ねぎも甘くて美味しいよ」

「ホント、玉ねぎ切るの苦労したんですヨ!もう、大号泣のバーゲンセールって感じ!」

 生き生きと、葉留佳さんが調理の苦労を語る。

「考えてみたら、料理を作ってもらうなんて久しぶりだから、嬉しいよ」

「……いつも、お菓子ばかりじゃ申し訳ないと思ったから。もっと色々なものを、食べてもらいたいと思って」

 瑞々しく歯触りのいいサラダに、温かな味噌汁。どんどんと箸が進んでいく。他愛もないことを喋りながら、二人で食卓を囲む。

「こうしてると……なんだか、新婚みたいだね」

 リアクションを期待して、冗談めかして言ってみる。だが、予想に反し、葉留佳さんは顔を赤くして黙り込んでしまう。や、やってしまった。こちらも無言になり、場を沈黙が包む。目線を漂わせていた葉留佳さんだったが、壁時計を見て、はっと声を上げた。

「理樹君、門限!」

「えっ?……あ!」

 忘れていた。思っている以上に時間は経っていて、もうすっかり夜の時間帯だ。

「ごめん、うっかりしてて……!今ならまだ間に合うかも!」

 急かされて腰を浮かしそうになるが、思いとどまる。

「いいよ、食べっぱなしじゃ悪いし。真人に連絡して、何とかしてもらうよ」

「で、でも」

「あ、そうか。そろそろ家の人が帰ってくる時間だよね」

「ううん、今日は誰も……――っ」

「?」

 はっと、葉留佳さんが口をつぐんだ。頭に疑問符を浮かべる僕に、ばつが悪そうに説明する。

「その、今日はお父さんもお母さんも出張、おねえちゃんも委員会の仕事で寮に泊まりだから。今夜は誰も帰ってこないの」

 そう言うと、彼女は俯いてしまう。夕食を食べ終えても、口数の少ないままだった。

「ごちそうさま」

「……うん」

 台所まで食器を運び、洗うのを手伝う。

「そろそろ、失礼するね。遅くまでごめん」

「あっ」

 これ以上、気遣わせるのも悪い。帰りを告げ、部屋まで荷物を取りに戻ろうと、階段に向かう。

「……」

 小さく、背中が引っ張られる。振り返ると、葉留佳さんが下を向いて、僕の服の背を指で掴んでいた。

「……帰らないで、って、言ったら、どうする?」

 か細く、沈んだ声。一瞬、彼女の表情が、何かを責めるかのように歪む。

「葉留佳さんが良ければ、僕は構わないよ」

「……うん」

 わずかに、葉留佳さんが頷く。僕と目線を合わせることのないまま、リビングの方へと歩いていった。その背を見送りながら、僕は思う。

【HARUKA,s eye】

 理樹君が真人君と連絡をとっている間、お風呂場へと向かう。浴槽の中に注がれるお湯を、何をするでもなくただ見つめる。

 言ってしまった言葉は、もう戻らない。一緒にご飯を作って、食べて。私はすっかり浮かれてしまって。それなのにまだ、望むなんて。

「ロクデナシだな、私は」

「葉留佳さん?」

 外から声を掛けられ、慌てて私は表情を作る。

「ちとお風呂の準備をネ。理樹君、一番風呂どぞどぞ」

「いや、ここは葉留佳さんから先に」

「私の方が時間かかるし、準備とかもあるしさ。あ、ちょっと待ってね」

 衣類入れから、未開封のトランクスとシャツを取り出し、理樹君に渡す。

「良かった、まだ残ってた。お父さん用のだけど、新品だから安心してね。パジャマも要るかな?」

「ありがとう、助かるよ。また、新しいの返すね」

「いいよいいよ、それぐら……」

 素直に受け取る理樹君に、はっと身体を跳ね起こす。

「べ、別にこうなるの予測してた訳じゃないからね!偶然、偶然だから!」

「う、うん、大丈夫だよ。そんな力説しなくても」

 冷静に対応され、さらに顔が赤くなる。

「……中のシャンプーとかも、自由に使ってくれていいから。上がったら教えてねっ」

 パジャマ一式とタオルを理樹君の胸元に押し付け、脱衣所を出て勢いよく扉を閉める。閉じた扉に背を預けると、溜息が漏れた。

「何、言ってるんだろう」

 男女が二人きりで泊まるからって、そんなことになるなんて限らないじゃないか。それに、理樹君は私なんかに、そんな感情を持ってくれるのかも分からないのに。

 いつか、女子寮でのお泊まり会に、理樹君が連れ込まれたこともあった。彼にとっては、その時と何も変わらない。自分の下品な思考に、頭を叩きたくなる。

 耳元で聞こえる布の擦れる音に、意識が戻る。理樹君が着替え始めたのに気付き、慌てて脱衣所の扉から離れ、意味もなく家の中を彷徨う。

 やっぱり、私は浮かれてるんだ。また一つ溜息がついて出る。

 一階の洗面所に行き、新品の歯ブラシを探す。その後、二階に上り、押し入れから布団を一組取り出す。自分の部屋に運び、机を移動させて床に敷く。同時に、見られたくないものを隠して。

 他にしなければいけないことはあるだろうか。落ち着きなく、同じ所を何度も行ったり来たりしてしまう。

「上がったよ、葉留佳さん」

「わっ!」

 思わず身体が跳ねる。振り返ると、肩にタオルをかけた理樹君が立っていた。ほのかな湯気に包まれ、髪には滴が残り、つやつやと光る。

「う、うん!喉乾いたら冷蔵庫のお茶飲んでね!は、歯ブラシと布団も置いといたから!」

 素っ頓狂な声を上げながら、私は慌てて風呂場へと向かう。ああもう、私は馬鹿だ。

 

 頭からシャワーを浴び、身体を洗う。いつもよりも念入りに洗おうとする自分が煩わしい。どれだけ繕おうと、私は私でしかないのに。

 浴槽に身体を沈める。水の中は、あまり好きじゃない。幼い頃の記憶がよぎるから。あの頃は、私だけがこんな思いをしているんだ、と思っていたけれど。

 浴槽から上がり、再び身体を洗い流す。白く霞む視界の中、髪をほどいた自分の姿が鏡に映る。脳裏によぎる面影、何の痕もない両腕。

「何も知らないで、私は……」

 俯き、シャワーの栓に手を伸ばす。お湯の流れが閉じられる音が、やたらと大きく響いた。

【RIKI,s eye】

 僕は、部屋で一人、葉留佳さんを待っていた。

「やはは、理樹君、お待たせ」

 パジャマ姿の葉留佳さんが、部屋へと入って来る。いつも通りの笑顔を浮かべる彼女を、僕はじっと見つめる。

「どうしたの?あ、ひょっとして髪型?ふふふ、お風呂上りでもはるちんアンテナは死守なのですヨ」

 そう言い、サイドテールを指で揺らし、おどけた言葉を次々と並べてみせる。

「あれれ、なんだか表情が硬いね。げっ、まさかこれから勉強の続きをす――」

 意を決し、僕は一歩踏み出す。腕を伸ばし、葉留佳さんの手に触れる。

「理樹、君?」

 上擦った声を出し、彼女は僕を見上げる。

「葉留佳さん、何かあったの?」

 僕は両手でその手を包み、わずかに持ち上げる。改めて気が付く、さっきからずっと、彼女の手が震えていたことに。

「いやいや、はるちんは絶好調で……」

 その言葉は続かず、場に静寂が訪れる。

「今日の葉留佳さん、なんだか元気がなかったから。やっぱり、この状況で家に押しかけたのは、良くなかったかな」

「違うよ、理樹君が悪いんじゃなくてっ」

 首を振り、葉留佳さんは必死に否定した。自分でも予期せぬ言動だったのか、また固まってしまう。手を握ったまま、僕は次の言葉を待つ。

「辛いことが、ある訳じゃないの。それは本当だよ」

 しばらくして、彼女は重い口を開いた。

「おねえちゃんとも仲直りできて。家族も、友達もいて。たくさんの居場所が、私にはある。今は、とても幸せなんだよ」

 そう言い、弱々しい笑みを浮かべる。

「本当に、私は幸せで……。それが、怖いんだ」

 僕の手が一瞬、強く握られる。が、すぐにその手は離れて。頭を掻いて、曖昧に笑う。

「やはは、自分でも、よく分かんないんだけどね」

「大丈夫だよ」

「えっ?」

 もう一度、僕は彼女の手を握る。

「葉留佳さんは、今までずっと、辛い思いをしてきたんだから。その分だけ、いや、それ以上に幸せになっていいはずじゃないか」

 葉留佳さんは俯いたまま、僕の言葉を聞いている。

「自分が幸せだって思うことに、罪悪感を感じる必要はないよ」

「それは、違うよ」

 僕の言葉は、葉留佳さんに遮られる。その顔に、もう笑顔はない。

「葉留佳さん?」

「私は、何も知らない、何も分かっていない、自分勝手な子供だったんだよ……」

 胸元を握りしめ、目をきつく閉じて。

「私よりずっと、辛い思いをしている人がいるのに!そんなことにも、気付かないで……!」

 声を絞り出して、叫んだ。

 ようやく、葉留佳さんが心の奥底に抱えるものの姿が、分かった気がした。

 彼女は、悔いているのだろう。片割れの痛みを知らぬまま、自分だけが満たされてしまったことを。それでもなお、その先を願ってしまう自分を。

「もう、十分なんだ……だから、私は……」

 本当に、そうだろうか。

 自分の心を殺して、それでも幸せだと言えるのか。

 彼女の力になりたいと思って、僕は葉留佳さんの手を取ったはずだった。でも、今はその僕が、彼女を苦しめてしまっている。

 一瞬、脳裏によぎる光景。自分の手で誰かを救えるだなんて、傲慢な考えだ。けれど、僕の選択は“選ばれなかった誰か”を傷付けてしまっていたのかもしれない。傷付けてしまうのかもしれない。そして、“選んだ誰か”でさえも。

「葉留佳さん」

 それでも、僕は選んだのだ。目の前にいる、女の子のことを。だからこそ、僕は一歩を踏み出す。

 僕は葉留佳さんに歩み寄る。そして、震える肩に触れ、強く抱きしめる。胸元で、彼女が大きく息を呑んだのが分かる。

「葉留佳さんが、自分を許せなくても、僕が許すよ」

 選ぶということは、他の全てを切り捨ててしまうことだと。それを知ってでもなお。

「僕は、葉留佳さんのことが好きだから」

 伝えたかった。ここにいる僕は、確かに葉留佳さんを選ぶのだと。葉留佳さんと共に、歩みたいのだと。

「この先にどんなことがあっても。葉留佳さんの気持ちがどうなっても。僕の気持ちは変わらない」

 たとえ、誰かの幸せが消えてしまうのだとしても。僕はそれを、受け止めなくてはならない。見届けなくてはいけない。

 それが、葉留佳さんを選び、葉留佳さんを好きである僕が、向き合うべき責任だ。

 彼女の身体から、力が抜ける。僕は彼女の身体を支え、頭を撫でる。あの時、初めて告白した時のように。

 葉留佳さんが、僕の肩を掴む。

「ずるいよ、理樹君……」

 胸元に顔を押し当て、嗚咽を漏らす。

「この先、どうなるかなんて、分からないのに……そんなこと、言われたら、信じたく、なっちゃうじゃない……」

 泣きじゃくる彼女に、僕は顔を寄せる。

「駄目なのに、私はもう、満たされたはずなのに……」

「葉留佳さんが幸せじゃないと、葉留佳さんの大切な人たちも、幸せになれないんじゃないかな」

 葉留佳さんが、顔を上げる。

「二木さんだって、きっとそう言うよ」

「……本当に、理樹君はずるいね」

 ようやく、彼女は微笑んでくれた。目を閉じ、こつんと額をぶつけて。しばらくの間、彼女はそうしていた。

「理樹君が、いてくれたからだよ」

 やがて、僕の腕の中で、葉留佳さんが口を開いた。

「覚えてるかな、学校で初めて声をかけてくれたのも、理樹君だったんだよ。二人で直した、あのベンチで」

 整備委員の仕事を始めたのも、それがきっかけだったのだと。

「そこから、少しずつ友達もできて。リトルバスターズに誘ってもらって、憧れていたことがたくさんできるようになって」

 ここにいてもいいのかなと、思い始めて。

「どうしようもなくなった時も、理樹君が隣にいてくれて。私が変われたのも、今があるのも、理樹君のおかげで」

 私は、何も返せてはいないけれど。

「今日はね、少しでも伝えられればと、思ったんだ」

 葉留佳さんが、僕を見つめる。その瞳から、透明の滴が零れる。そして、とても綺麗な笑顔を浮かべて。

「ありがとう。こんな私のことを、好いてくれて」

 力強く、葉留佳さんが抱き返してくる。僕の肩に顔を寄せて、何度も背を撫でて。

「理樹君……」

 静かに、葉留佳さんが呟く。僕と彼女の視線が、自然と交わる。僕は彼女の頭を撫でながら、顔を近付ける。そっと、葉留佳さんが目を閉じた。

 夜の静寂の中、身体を伝わる、彼女の微かな鼓動だけを聞く。二人の距離が近付いていき、そしてゼロになる。

「んっ」

 二人の唇が重なる。空気を求めて一瞬離れる僕に、今度は彼女の方から口付けてくる。温かな感触の中、行き場を無くした息が、声となって零れた。

「理樹君、背中洗ったげるー。ごしごしっ」

 白く霞む視界の中、石鹸を泡立てたタオルで僕の背を擦り、葉留佳さんが微笑む。

 あれから色々あって、僕たちは再びお風呂に入り直していた――二人で一緒に。

「♪」

 交代で、僕も葉留佳さんの背を洗う。白い肌に傷をつけないよう、力を込めず、撫でるように。彼女の鼻歌が、浴室の中に反響する。

「窮屈じゃない?」

「うん。えへへ、理樹君と混浴だー」

 髪と身体を洗い終えた後、浴槽に二人で浸かる。僕の上に葉留佳さんが乗ると、お湯が溢れて湯気を立てた。

「はあ……」

 僕の胸に背を預けながら、手をとって。葉留佳さんが感慨深げに息を漏らす。ほどいた長髪が、温かいお湯の中で揺れる。そのまま、のぼせる直前まで、僕らは浴槽の中にいた。

 お風呂から上がって、葉留佳さんが髪を乾かすのを手伝う。風邪を引かないように、きちんと服を着込んで。二人で、一緒の布団に潜り込む。

「理樹君……ぎゅってしても、いい?」

 灯りを消してから少し経って、おずおずと彼女が訊いてくる。返答代わりに、僕は横を向きながら腕を持ち上げ、空間を作る。小さく照れ笑いを漏らして、彼女が抱き着いてくる。

「誰かと一緒の布団で眠るなんて、いつ以来かな」

 葉留佳さんが、ぽつりと呟く。

「考えてみたら、僕もずいぶんと久しぶりな気がする。あ、お泊り会みたいなことなら、何回かリトルバスターズでやったな。毎回枕投げに発展して、大変だった」

「やはは、想像がつくよ」

 言葉を切って、静かに彼女が回想する。

「寒い日は、一人だと辛くて。冷えた指先や足を体温で温めてもらう、っていうのに、ずっと憧れてたんだ」

 指先を僕の手に重ねながら、目を閉じる。

「お風呂で、誰かに背中を洗ってもらうのにもね。だから、理樹君とこうして一緒にできて、嬉しいよ」

 言葉を返す代わりに、僕は葉留佳さんの手を握る。その指が、そっと絡まる。

 彼女を近くに感じながら、目蓋を下ろす。ふと、頬に柔らかな感触を感じた。

「おやすみ、理樹君」

 ほどなくして、葉留佳さんは寝息を立て始める。やっぱり、気が張っていたんだろう。あどけない寝顔を見守りながら、僕はそっと彼女の頭を撫でる。

「おやすみ、葉留佳さん」

 どうか、夢の中でも、彼女が安らかでいられますように。

 翌朝、僕と葉留佳さんは慌ただしく家を飛び出した。

「ものの見事に遅刻だね……」

「いいよ、たまにはのんびり行こう?」

 少し冷たくて爽やかな、朝の空気が心地良い。穏やかに晴れ渡った街並みの中。僕の手を握り、一歩一歩を噛みしめるように、葉留佳さんはゆっくりと歩く。

「誰かに見られたら、また騒がれちゃうかもね」

「僕は構わないよ、本当のことだから」

 葉留佳さんに頭を小突かれる。いつものような他愛のないお喋りを、葉留佳さんは楽しんでいるようだった。

 学校の正門まで到着したものの、入口は閉ざされている。

「あ、理樹君こっちこっちー」

 当然のように抜け道を通ろうとする葉留佳さんに苦笑しつつ、結局僕も付いていく。

「よし、侵入成……」

「あー!三枝葉留佳!また懲りずに遅刻して!」

「ありゃー、見つかっちゃったか」

 茂みを抜けた先、校舎の影から見回り中の風紀委員たちが飛び出して来た。二木さんはいないようだ。

「こういう時は……」

 嫌な予感がして、僕は彼女を止めようとするけど。それより早く、葉留佳さんは駆け出してしまう。いつかのように、僕の手を引いて。

「逃げるっ!」

「やっぱりー!?というかなんで逃げるのさっ」

「いやーもう、あの人たち見ると条件反射で勝手に足が動いちゃいまして」

「や、厄介だ!」

 いくら二木さんと仲直りしたとは言え、あの人たちとは相変わらずらしい。怒号を上げて追いかけられているのに、葉留佳さんは嬉しそうだ。

「ええい、努力だ気合だ根性だー!理樹君、しっかり掴んでてねー!」

「って葉留佳さん、ビー玉零れてるからー!」

 誰よりも表情豊かで繊細な、愛しい僕の爆弾娘。彼女の巻き起こす騒動に巻き込まれて、今日も賑やかな一日が始まる。

 ありがとう、理樹君。

 もう、思い残すことはないよ。

 できるなら、ずっとこんな日々を過ごしていたいけど。

 そろそろ、終わりにしないとね。

 みんなまとめて助けちゃうなんて。

 理樹君と鈴ちゃんはすごいなあ。

 また、みんなとは一緒に過ごせるけれど。

 恋人の理樹君とは、お別れだね。

 ……やっぱり、おねえちゃんもいたんだね。

 こんな場所にまで来られるなんて、さすがだなあ。

「葉留佳は、それでいいの?」

 えっ?

「あなたは“また”我慢して、私に与えようとするの?」

 違うよ!私の方が、おねえちゃんにたくさんのものを貰って……

「私だってもう、たくさんのものを貰っているのよ。葉留佳からも、彼からも」

 でも、おねえちゃんはっ!

「葉留佳自身は、どう思うの」

 わ、私は……。

「私じゃない、葉留佳自身の気持ちが聞きたい」

 そんな、こと……。

「勝負よ」

 ――えっ?

「誰かのために我慢したり、誰かに強制される勝負じゃない。正々堂々とした、本当の勝負」

 ……!

「私は、負けるつもりはない。だから、あなたも全力で挑みなさい」

 そんな!おねえちゃんは,それでいいの!?

「あなたに心配されなくたって大丈夫よ。あなたと私なら、みんな私を選ぶでしょう.彼だって」

 っ!そ、そうとは限らないでしょ!

「……おっと、私を忘れてもらっては困るな」

 え、誰!?ってこの声は姉御!?一体どこから?

「なに、全員同じ所にいるんだ、会話に割り込むことなど簡単なことさ」

「私も、負けませんよ」

「じんじょーにしょーぶです!」

 みおちんにひんぬーわんこまで!?

「みんな助けてもらったからね~」

「そう言うコマリマックスはどうなんだ?どれ、おねーさんに言ってごらん」

「ほわあっ!?」

 ……えーと。

「なに、佳奈多君のことは心配いらんさ。そのためのリトルバスターズだ」

 えっ?

「来ヶ谷さん?」

「だから、だ。これからも君は遠慮なくこれからも全裸ゼブラニーソでしっぽりムフフといくといい」

 ………………。

「葉留佳?」

 ……もーーーー!あんだけ言っといて!!あの童顔どスケベ無意識ジゴロやろーう!いいよ!こうなったらもうはるちんも参戦してやるんだもんねー!あと姉御うるさい!

「騒いでるところ失礼しますが、そろそろ起きなきゃいけないみたいですよ」

「おっと。では、一足先に行かせてもらう」

「同じくです。では、しーゆーれいたー」

「私も行くね。またあとでね~」

「あんまり寝坊しないでください」

「……相変わらず、騒がしい人たちね」

 ……参っちゃいますよヨ、本当に。

「葉留佳、あなたも」

 うん。もう、大丈夫だよ。……おねえちゃん。

「なに?」

 ……ごめんね。

「……こういう時は、謝るんじゃなくて」

 そうだね……ありがとう。

「うん」

 じゃあ、向こうで。

「待ってるから」

(……ミッション、スタート)

葉留佳は、目を覚ましました。  (おわり)