しこうけいさつ24じ・広報部

カップリング二次創作の個人サークル「しこうけいさつ24じ」(代表:眠れる兎6号)の活動記録や、日々の雑記など。(Twitter:@nemureruusagi06)

『THE MANZAI 2014』決勝大会 感想

2014年12月14日にフジテレビで全国放送された、

漫才日本一を決める大会

THE MANZAI 2014』決勝の感想を

ネタごとに書かせていただきます。

決勝以前の予選は見ていません。

個人の勝手な意見・

大会のネタバレが含まれております。

ご注意くださいm(__)m


【グループA】

◯2丁拳銃「お金持ち」

「首ガッサー」というフレーズにまつわるボケを

ひたすら押し続けるのが勿体なかった。

そのせいで単調に感じられました。

「夜中か」とかのツッコミは好きだったんですが、

ボケ役の小堀さんがえらく大人しめで

あまり持ち味が出てなかったような。

予選でもあまり印象に残らなかったようで、

やはりそうなってしまったなと。

エレファントジョン「ダイエット」

ツッコミとボケが

ほぼ同時進行で喋るので、

どうしても聞き取りにくい部分が。

「分かりづらい」というコメントにも納得。

ただ、勢いはAブロックで一番だったと思います。

2011年のHi-Hiを彷彿とさせるような。

爆発→インタビューの天丼や

ANAがあったらJALも~」も好きでした。

Hi-Hiと同じく

ネタのスタイルやパターンが

ある程度固定されてるので、

来年以降にまた進出するのは大変かも。

◯アキナ「野球部のキャプテン」

非常にオーソドックスな入りで、

序盤で期待値が下がったように

感じられましたが、

中盤からの盛り上がりがすごかった。

「五連休」「ソフラン」など、

一発のボケの爆発力は一番だったと思います。

そこが印象に残って票に繋がったのかなと。

王道ならではの分かりやすさというのも、

エレジョンとの対比で有利に働いたかと。

◯磁石「ラジオのパーソナリティー

テンポ良くひたすらボケを詰め込むという、

賞レース的な価値観の漫才。

今大会での博多華丸・大吉のネタと

対極に位置していたように思います。

2011年の決勝で

ナイツのネタと比較した際に出た弱点、

「1ボケまでのフリが長い」。

それを徹底的に縮め、

ナイツと見間違うばかりの

ボケの連打でしたが…審査員票は一つも入らず。

賞レース向けに練り上げられた

ネタなのでしょうが、

今年評価されたのは

スピードよりも安定だったという。

なんとも上手くいかないものです;

一つ一つのボケが散漫になって

大きな爆発に繋がらなかったのも

敗退の原因でしょうか。

あとは、磁石の2人自身の魅力というか、愛嬌?

これを言ってしまうと

どうしようもない気がしますが。

本当、何がダメだったんだろう。

【グループB】

トレンディエンジェル「人気が欲しい」

流行を取り入れた楽しさ全開のハゲネタ。

安直と言ってしまえばそれまでなんですが、

やっぱり単純にすごく面白いし楽しい。

中盤、斎藤さんがミスしたところで

少し早口になった印象はありましたが、

後半でちゃんと盛り返しが。

2人の魅力がダイレクトに伝わってくるのも好きです、

漫才ならではというか。

ウィリアム王子のくだりとか

さりげなく毒があるのもステキ。

あとはバラエティ慣れしてるのも強みですね。

たけしさん「頭一つ抜けてたね」

「はい、だいぶ抜けてます」この返しwwww

◯馬鹿よ貴方は「カレー屋」

少しだけスリムクラブの漫才を彷彿とさせる、

朴訥なキャラに、間をとったボケ。

ただ、スリムクラブと比べて

ボケ役のファラオさんに入り込み辛いというか。

ボケ自体よりは

独特なキャラや間で笑わせる感じなので、

そこがハマらないといまいちな気がします。

あと、サーキットで1位になれたのは

ファラオさんが歌っている時に

時間制限のランプが点滅して

爆笑が起きたのもあるようなので。

そういった要素がないと、

こんな感じになるよな、と。

斜に構えたキャラは

素ならば仕方ないのですが、

作ってるなら止めた方がいいのでは。

囲碁将棋「銭湯」

会場がリアルに引いていて辛かった。

こういう大会で下ネタをやるからには、

相当見せ方を考えないとまずコケますね;

いきなり連呼の上ここまで全面に押し出されると、

まず受け入れるまでに時間がかかる。

下ネタ云々を抜きにしても、

このコンビの持ち味が

あまり出ていなかったと思います。

話をこねくり回しまくるのが面白いのに、

単調に二択を提示し続けるだけですし。

これでサーキット1位を獲得したのでしょうが、

このネタが受け入れられる所を想像できない;

予選の空気は違ったのでしょうか。

そしてワラテンはトップという謎。

ボタンの連打が、あのグラフや点数に

どう反映されるのかが良く分かりません。

R-1ぐらんぷり』でやっていた

dボタン投票式とかに変えた方がいいのでは。

◯学天即「カッコつける奴」

持ち味である的確なツッコミは

ちゃんと発揮されてるんですが…

話が二転三転して

本筋が分かりづらかった。

一つのボケと一つのツッコミが

バラバラに乱打されているような。

「こういうネタなんだな」

「こういう所で笑うんだな」というのが

察知できなくて、なんだか不安でした。

安心して笑えないというか。

単に自分の理解力が

ないだけかもしれないのですが…

サーキット1位でも票が集まらないとなると、

どうすればいいのか。

ボケ自体の質を上げることか。

【グループC】

◯和牛「言うてやってますけども」

一つのフレーズを4分間押し続けるネタですが、

不思議と単調さは感じなかったです。

票は入らなかったものの、

個人的には好きでした。

笑い所も分かりやすいし、

終盤、ツッコミの逆襲を踏まえて

さらにやり込める展開も面白かった。

オチにもう一工夫あると良かったのかも。

博多華丸・大吉「youtuberになりたい」

「乾杯から焼酎を飲んでみた」wwww

知名度のあるベテランコンビだけに

どうしても他の組より有利なんですが、

進出には納得でした。

「ベテランコンビが現代的なことを言う」

という出オチや知名度笑いだけに頼らず、

ネタ自体の破壊力もきちんとあったので

単純に面白かったです。

◯ダイアン「職務質問

うーん…あまり印象に残らない。

そこまで客席にハマっていない

(と個人的に思った)ボケを

押し続けるのはどうなんだろう。

予選でも観覧者の評価は

あまり芳しくなかったようで。

もちろん、予選であんまりでも

決勝で跳ねるパターンもあるんですが。

◯三拍子(ワイルドカード)「早押しクイズ」

一つ一つのボケで会場がドカンと盛り上がる。

同じ形式を繰り返すネタなので

どうしても後半マンネリ化するんですが、

ボケ方が違っていたので

個人的にはあまり単調さを感じませんでした。

漫才コンテストで辛酸を舐め続けたコンビの

意地を感じました。

これで素直に決勝進出できていれば…

博多華丸・大吉と同じブロックでなければ…

【決勝戦

◯アキナ(グループA)「雪山で遭難」

ツッコミの指示に対してズレたことを言うという

1ネタ目と同じパターンのボケがあったので、

そこがどうしてもに。

ネタ自体は1ネタ目よりも

練られていたと思います。

オチの5連休再登場も理想的。

トレンディエンジェル(グループB)「歌がうまくなりたい」

1ネタ目で大きくウケていたハゲ弄りではなく

歌唱力を押し出したネタ。

そこが見てる人の期待と逸れてしまったかなと。

ハゲ以外のボケの爆発力は

正直まだ弱いと思います。

終盤の十字架のくだりは好きでしたが。

博多華丸・大吉(グループC)「飲み会を抜け出す」

1ネタ目が場面を提示してから

演じていく方式だったのに対し、

このネタは、まず演技を始めて

後から何の場面かを明かす方式と、

スタイルが変わっていたのが良かったです。

やってることは両方おじさんなんですがw

出だしで1本目と全くことを言うボケ

(「本日2度目の劇場出番」の説得力w)や、

オチで1本目のボケを被せる所など、

きっちり笑いを取りに来たのがすごい。


審査の結果、王座に輝いたのは

博多華丸・大吉。おめでとうございます。

いやはや、楽しい大会でした。

ハライチへの酷いドッキリとかあった時は

どうなることかと思いましたが。

大半の人が賑やかし役と思っていた

予選11位のトレンディエンジェルが、

まさか予選のトップ3を破って決勝に進むとは。

こういうのがあるから賞レースは楽しいです。

まだ売れていない無名の人に活躍して欲しいので、

今回の結果はやや複雑な気分ではありますが

(といいますか、優勝したお二人が一番困っていそう)

審査には納得でした。

何より、番組の最後での

「劇場に足を運んでください」という

大吉さんの一言に感動しました。

予選の審査が全てじゃないですし

博多華丸・大吉の予選での順位は6位)

決勝に出られなかった中にも

面白い組はいっぱいいるんですよね。

お笑い番組が減っている昨今、

劇場やライブに足を運ぶ人が

少しでも増えればいいなと思いました。

長文をお読みくださり

ありがとうございましたm(__)m

『THE MANZAI 2014』事前番組のドッキリに思うこと

今年の11月30日に放送されたフジテレビの番組

THE MANZAI 2014 決勝進出者11組お披露目SP!』での

ハライチに対する「ドッキリ」について。

番組への苛立ちがふつふつとこみ上げてきたので、

それについて愚痴らせていただきますm(__)m

個人の勝手な意見を含みますので

ご注意くださいませ。


この番組は、漫才のお笑いコンテスト

THE MANZAI 2014』の事前特集で、

決勝および敗者復活戦への進出者を

生放送で発表するというものでした。

当日、スタジオには

勝ち残った芸人たちが一同に集結。

THE MANZAI』らしい

賑やかさを見せていました。

事の発端は、敗者復活戦の進出者を

発表する時のこと。

敗者復活戦の枠は9組しかないのに、

なぜかスタジオにいるのは10組。

戸惑う芸人たちに対し、

「実は1組だけ

敗者復活戦にも進めないコンビがいる」と

突然その場で発表。

1組ずつコンビ名が呼ばれていき、

最後まで名前を呼ばれなかったコンビが

敗退させられるというドッキリ企画で、

その被害者がハライチだったのです。


「フジテレビの悪い所がすべて詰まってる」

このドッキリに対する澤部さんの一言が

すべてを物語っていたような。

人気も知名度もあり、かつ

イジられやすいハライチだから

こんなドッキリをやったのかもしれませんが、

それを考えても酷い企画でした。

芸人の方たちが

「これの何が面白いんですか!?」と

悲鳴を上げていた通り、

ハライチが気の毒云々を抜きにしても

そもそも何が面白いのか全く分からないです。

進出できなかった1組、というか

ハライチが戸惑う様子で

ウケをとる意図だったのでしょうが。

仲間外れを嘲笑うイジメにしか

見えませんでした。

「いや、ドッキリってそういうものでしょ?」

と言われれば、確かにそうなんですが。

それにしても、

こんなお笑いコンテストの場で

やるべきことではないし、

本人らへの配慮も欠けていたように感じます。

ネット上のどなたかの意見にあったのですが。

どうせ同じドッキリなら、

駄目だと思っていたコンビが

当日に決勝進出を知らされる

ハッピーサプライズの方が

よっぽど良かったと自分も思います。


今の形の『THE MANZAI』自体、

他局の漫才コンテスト『M-1グランプリ』の

後釜として始まったものでした。

そのため、なにかとM-1と比較され

「大会としての威厳がない」

「バラエティ臭がする」という

批判もあった訳ですが。

個人的には

「出場者が緊張しないような空気作り」

「テレビ映えする賑やかで楽しいネタ」

といった、バラエティの良さも

きちんと反映した大会だと感じていました。

けれども、あくまで

THE MANZAI』はお笑いの大会であって

バラエティ番組ではない。

やるべき所は厳格にやるべきだと思っています。

それだけに、今回のドッキリは残念です。

やっぱり、フジテレビにとって

THE MANZAI』もバラエティの一環でしか

ないのでしょうか。


せめて、ドッキリ後に何か

ハライチへのフォローがあるのかと思いきや、

番組終わりのごくわずかな時間に

舞台に立たせるだけ。

しかも、スタッフロールや告知が流れる

到底漫才に専念できない環境で。

「やってられない」と本人らが投げ出したのも

無理ないと思います。

スタッフはこのドッキリのことを

「貴族のお遊び」と呼んでいたとのこと。

これが本当ならば

スタッフの人間性を疑います。

「美味しくイジってやったんだからいいだろ」

とでも考えているのでしょうか。

言い出すとキリないですが、

和牛とアキナの紹介VTRで

アインシュタインにも

同じような仕打ちをしてましたし。

そちらは意図したものでは

なかったのかもしれませんが。

フジテレビいわく

「楽しくなければテレビじゃない」とのことですが、

こんなのちっとも楽しくないです。

ちなみに、一度終了した

M-1グランプリ』の方も

来年に復活するみたいです。

もし出場できるのなら、

ハライチがそっちの方で

結果を出せることを願います。

愚痴をお読みくださり

ありがとうございましたm(__)m

留学中のできごと。

2014年9月から、

中国の武漢大学に留学しております。

その留学中、印象的な出来事があったので、

反省も兼ねて書かせていただきます。

武漢大学では毎年11月に

「国際文化祭」なるイベントがありまして。

武漢へと留学に来た

各国の留学生が国ごとに分かれて、

屋台やら出し物をする学園祭です。

僕と同じように

武漢へ留学している日本人の方たちも、

「屋台で日本食を売ろう!」と

参加することになりました。

…のですが、正直に申し上げると

自分は乗り気ではありませんでした。

準備期間や人数が少なかった

(2週間足らず、十数人)ことに加え、

屋台は屋外で、ガスも火も使えず

冷蔵庫もない厳しい環境。

そんな状況の元で、

「手巻き寿司を作ろう」

「文化祭が始まる直前に宿舎で作って、

会場へと運んだらいい」

話し合いで出てくるアイデア

実現できるとは到底思えませんでした。

しかし、中心となって動く方々の

熱意は凄まじく、

通販を駆使して大量の材料を揃え、

なんと、前日に夜通しで調理して、

当日に間に合わせるという計画に出ました。

前日まで何も関わらなかった自分も、

人手が足りないとのことで、

「絶対間に合わないだろ…」と

内心嫌々ながらも調理に加わったのですが。

他の日本人の方々が

根気よく調理を済ませ、

本当に一晩で何とかなってしまいました。

本題はここから。

いざ文化祭当日、会場で販売を始めた時、

僕たち日本人の屋台の近くで、

ずーっと一日中、こちらを見たまま

立っているおじさんがいたのです。

こちらに話しかけてくるでもなく、

何かを買うでもなく、

ただ屋台の側に立っているだけ。

誰かの知り合いでもありません。

当時、屋台では客寄せのために

日本人の女性たちが

コスプレで売り子をしていて、

それを目当てに、写真を撮ったり

話しかけたりする人も大勢いました。

なので、その人に対して

「不審者?」「誰かのストーカー?」と

皆が警戒心を抱いていました。

二日目はあいにくの豪雨で、

皆、雨対策に追われつつも

懸命に屋台を切り盛り。

前日のおじさんは、雨にも関わらず

傘を差しながら離れて立ち、

やはりこちらの屋台を見ていました。

二日目は自分も屋台に立ったのですが、

どん臭い上に人見知りなため

ろくな力にもなれず。

必要な食材を宿舎へと取りに行けば、

戻った頃にはすでに文化祭が終わっていたりと。

失敗を繰り返して

かえって皆の足を引っ張ってしまい、

暗澹たる気分でいました。

それでも後片付けを手伝おうと

屋台の中に入ろうとした時、側に人影が。

それは昨日に一晩中立っていた

あのおじさんでした。

豪雨にも関わらず、おじさんは傘を差して

やはり無言で立っていたのです。

その時、自分はその人影が

そのおじさんだと思わず、

ほぼ無意識に一言挨拶をしました。

言ってから気づいて、

「話しかけない方が良かったかな」と

不安に思いつつも、

片付けを始めます。

ところが、ダンボールを持ち上げた時、

雨で湿っていたせいで破れ、

中の缶詰を盛大に地面へぶちまけてしまいました。

気まずく思いながらも広い上げると、

突然、先程のおじさんが近付いて

落ちた缶を拾うのを手伝ってくれました。

予想外の行動に驚いたことに加え、

近くの机には売り上げのお金が

置かれていたこともあり、

その時は、おじさんに対して

警戒することしかできませんでした。

そこから、おじさんは少しずつ

僕や他の日本人へと話しかけ始めました。

皆も警戒していて、そっけなくあしらうばかり。

自分はと言えば

「他の人を巻き込んでしまった…」と

情けなくうろたえるしかできませんでした。

何とか片付けも終わって、

帰りのバスへと乗ることになったのですが、

混んでいるため、分かれて乗ることに。

自分はそのおじさんのことで

トラブルが起きないかと心配だったので、

柄にもなく最後まで残ることになりました。

責任者で、中国語も流暢な

日本人女性と二人、気まずく屋台で待機。

その間も、おじさんは

近くで話しかけてきていました。

当初、自分はそのおじさんが

女性目当てだと思っていたので、

「無視を続けて帰ってもらおう」などと

考えていました。

しかし、何やら様子が違うことに気付きます。

そのおじさんは女性だけでなく

自分にも話しかけてきているのです。

そして、たどたどしい日本語でこう言いました。

「私は、日本が好きです」

そう言い、取り出したスマートフォンSONY製。

画面を操作して、流れ出す小田和正の曲。

(この人、もしかして

本当に単に日本が好きなおじさん!?)

こちらが冷たい反応をしても、

おじさんは懸命に話題を探し、

訛った日本語で話しかけてくる。

試しにこちらからも中国語で質問してみると、

現地の会社員だとのこと。

身元不明の怪しい人ではなさそう。

それでも警戒は解ききれなかったので、

skypeや電話番号を尋ねられても、

はぐらかしたのですが。

最後にはあんなに白眼視していたことが

申し訳なくなって、

バスに乗る直前まで会話をしました。

おじさんと別れて、

バスが発車してから立ち上って来たのは、

ごちゃごちゃした感情でした。

助けてもらったのに、

結局そのお礼を言いそびれたことへの後悔。

おじさんに話しかけれられる中で、

「少しはお相手してやるか」と

内心は上から目線で

偉そうに接したことへの自己嫌悪。

かといって、

結果的に無事で済んだから良かったものの、

結局一緒にいた女性には

多大な迷惑をかけてしまった上、

本当に危ない人だったら

もっと被害を

拡散させてしまっていたかもしれないという反省。

そして、ここからは勝手な想像です。

あのおじさんは本当に日本が好きで、

日本人と交流したいと

思っていたのではないかと思います。

じゃあ、なぜ普通に、

文化祭の時に声を掛けてこなかったのか。

それは、人見知りと言いますか、

たくさんのお客がいて

ワイワイ賑わっている状況に、

気後れしてしまったのではないかと思います。

近寄りがたい。でも接してみたい。

それが、「じっと一日中立ち続ける」

という行動になったのではないかと。

(にしても、極端な気はしますが)

自分も過去に似たようなことを

やってしまっているので、

あのおじさんに自分を重ねてしまって。

何とも言えない哀しさを感じました。

結局真相は分からないままなのですが。

当初おじさんに連絡先を聞かれた時、

警戒して「中国なのでネットを使えない」と

嘘をついてしまったので、

別れ際に

「自分の氏名だけを教えて

facebookで検索してもらう」という

非常にフワッとした連絡先交換をしました。

再び交流する機会があるのかは分かりませんが、

もしまた話せたら

本当のところを確かめられればと思います。

つくづく、人間関係の難しさを

痛感した2日間でした。

雑文をご覧くださり

ありがとうございましたm(__)m

捏造・葉留佳アフター(『リトルバスターズ!』二次創作小説)

恋愛ADV・アニメ『リトルバスターズ!』の、二次創作小説です。

原作・葉留佳ルートの後日談という設定で、

葉留佳さんの家で、彼女と理樹が二人きりで泊まることになる話です。

「世界の秘密」をはじめ、原作のネタバレを含みますので、

お読みくださる方はご注意お願いしますm()m

全年齢向けになるように一部の描写をカットしており、

元の版はpixivの方に掲載しております。

拙ない作品ですが、ご覧になっていただけますと幸いです。

 こんな心でも、彼は満たしてくれて。

 もう十分なはずなのに、行かなくてはいけないはずなのに。

 だけど、もう少しだけ。

 どうか、もう少しだけ、私の我が儘を許してください――

 教室の中を覗くと、まばらな人影の中にその姿を見つける。丸い髪飾りで右の一方に束ねた変則ツインテールに、白黒ストライプのオーバーニーソックス。一目で彼女だと分かる、特徴的なシルエット。

 葉留佳さんは、自分の席に座り、赤い腕章をした女の子と話をしていた。

「そうか、おねえちゃんもいないのかー。せっかく勉強教えてもらおうと思ってたのにー」

 机にだらりとうつ伏せ、葉留佳さんはその女の子を見上げる。葉留佳さんとよく似た顔立ちに、同じ髪色と髪飾りの女の子――二木さんは溜め息をつくと、机の上の答案用紙を持ち上げた。授業中に行われた小テストのようだけど……なかなかの大惨事だ。

「基本の所がほとんど出来てないじゃない。教えてもらう前に、ちゃんと自分で覚えなさい」

「それがなかなか難し……って、理樹君!?なんで!?」

 僕の姿に気付き、葉留佳さんが身体を跳ね起こした。とっさに自分の答案用紙を掴み、机の中に隠蔽する。

 一方、二木さんは微かな笑みを浮かべ、葉留佳さんに向き直った。

「じゃあ、私は委員会の仕事があるから。直枝君に迷惑かけないようにね」

「あ、おねえちゃんっ」

 それだけ言うと、二木さんは教室の外へと行ってしまった。

 数秒の沈黙の後、去った方向を見つめながら、葉留佳さんがぽつりとこぼす。

「もー、遠慮することないのに」

「ごめん、邪魔したかな」

「ううん、そんなことないですヨ。仕事があるのは本当だし、最近また忙しくなってるって言ってたから」

「…………」

「わ!なにその目は!?もうイタズラはしてないってば!たまにしか!」

「してはいるんだね……」

リトルバスターズのみんなにだけだよ……もう、おねえちゃんに迷惑はかけたくないから」

 その声から、おどけた色が消える。

「二木さんとは、クラスでもよく話すの?」

「うん。お互い、まだまだ固いところはあるけど」

 そう言うと、葉留佳さんは穏やかに微笑む。

 近くにいた、数人の女子生徒が席を立った。彼女たちと葉留佳さんの目線が合う。会釈する彼女たちに、葉留佳さんも少しぎこちなく、手を振り返した。

「クラスのみんなともね。これも、おねえちゃんのおかげかも」

 気が付くと、教室に居るのは僕と葉留佳さんだけになっていた。窓から夕日がうっすらと差し込み、部屋一面を茜色に染めていく。

 その光景を、しばらく僕たちは見つめる。思っていることは、きっと二人とも同じ。

 姉妹が敵視し合っていた、かつての日々。常に姉と比べられ虐げられてきた、葉留佳さんの悲しみと憎しみ。姉の本当の思いを知り、負の感情を乗り越え、再び姉妹で手を取り合った日。

 そして、夕暮れの教室で葉留佳さんに好きだと告げた、あの時のこと。

「……やはは」

 頬を染め、頭を掻きながら葉留佳さんが笑う。空気を払拭するかのように、再びおどけた口調に戻る。

「ただ、今でもしょっちゅう注意されるのは相変わらずですヨ。まったく、厳しいんだからー」

「その成績じゃ、無理もないと思うけど……」

「ぎゃーっ!」

 途端に、彼女が大きくのけぞった。

「やっぱさっきの見てた訳!?理樹君の覗き魔ー!出歯亀ー!エッチスケッチワンタッチー!!」

 唐突に普段のテンションに戻り、騒ぎ始める。

「来るなら事前にテレパシーしといてよー!」

「何をどうやって!?」

「こちらまで聞こえるくらいの大声で『私も今そちらへ向かいますはるちんー!』とでも叫んでくれたらバッチシですヨ」

「すでにテレパシーじゃないし、周りからすごい目で見られるよ……」

「もー贅沢だねー。じゃあ心の中で叫ぶこと、頭のはるちんソナーとはるちんアンテナでキャッチしたげる」

「それ、アンテナなの?」

「ふっふっふっ、伊達に毎朝時間かけて結んでる訳じゃないのさぁ」

 サイドテールの結び目を指で摘んで回しながら、得意気に微笑む。ころころと変わる葉留佳さんの表情を、僕は眺めている。

「まあ、対策はしないといけないよ。期末テストも近いんだし」

「わーん、話を元に戻されたー」

 意気消沈する葉留佳さんを前に、僕は提案してみる。

「僕で良ければ、見てあげられるけど」

「えっ?」

「基本なら、教えられると思う。クドの英語とか、何回か見たこともあるし」

「……本当、理樹君に頼りっぱなしだね、私」

 葉留佳さんはどこか、しょげた様子だ。

「気にすることないよ、好きでやってるんだから」

「駄目だよ、理樹君のそういうところ……」

 葉留佳さんは一人ごちると、くるりと回って僕と反対の方を向いた。その身体は小さく揺れていたが、不意に動きが止まる。そのまま、数秒が過ぎる。

「どうしたの?」

「えっ!?」

 呼びかけると、彼女は声を上げ、慌てて振り返った。

「あ、ご、ごめんね、ちょっと考え事してて」

 両手を勢い良く振り、曖昧な笑みを浮かべる。そして、ためらいがちに口を開く。

「じゃあ、お願いしてもいいかな?さっそく、今日からでもいい?」

「うん、場所はどうしよう?図書室とか集中しやすいと思うけど」

「……私の部屋、とか、ど、どうかな?教科書とかそっちにあるし、それに、家ならマフィンも用意してあげられるからっ」

 語気を強める葉留佳さんの緊張が、僕にも伝わる。部屋には何度も行ったことがあるはずなのに、どうしてなんだろう。

「うん、それじゃあ葉留佳さんの家にしようか」

 僕がそう言うと、彼女は俯き、小さく頷いた。

「ちょっと、寄り道してもいい?」

 家に向かう途中、葉留佳さんの買い物に付き添う。野菜やお肉といった食材が、かごの中に次々と入れられていく。

「本格的な買い物だね」

「その、両親からも頼まれてましてネ」

 会計を済ませると、大きな袋が二つほどに。鞄を左手に持ち替え、右手で二つの袋を持とうとすると、葉留佳さんに止められる。

「あ、私が持つよ」

「大丈夫だよ、こういうのは男の仕事だしさ」

「それかえって男尊女卑ーっ!私にも仕事させてー!」

「わっ」

 葉留佳さんの左手が袋の持っ手を握る。引っ張られ、二人のちょうど真ん中で袋が吊り下がった。

「このまま持とうか」

「……うん」

 大人しくなった。

 店を出て、一緒に荷物を持って歩く。指の背に、温かな手の感触が伝わる。

「理樹君、寮の門限は大丈夫?」

「うん、この時期はいつもより遅いんだ。残って勉強する人が増えるからだろうけど」

 話しながら、暮れなずむ住宅街をのんびりと歩いていく。二人の影が長く伸び、一つに重なる。

「うう、テスト嫌だなあ」

「でも、あんまり点数が悪かったら追試になるよ。そうしたら、修学旅行にも参加できなくなるかもしれない」

「……そうだね、もうすぐ、修学旅行なんだね」

 不意に、彼女の声が小さくなる。

「前に、理樹君が私の部屋で言ってくれたこと、覚えてる?」

「行く時のバスの話だよね。僕たちのクラスの中に潜り込んで、僕の隣に座る、って約束した」

「うん。そのことだけど」

 少しの間の沈黙。

「やっぱり、理樹君の隣は真人君に譲りますヨ。万が一の時には、真人君の方が頼りになるだろうから。私は、姉御かクド公の隣に寄せてもらうよ」

 僕は葉留佳さんの方を向いた。その表情は、夕日の影に隠れている。

「そうか……安心したけど、やっぱり残念だよ。僕は、今でも葉留佳さんと座りたいと思うから」

 どうしてか、葉留佳さんは目を伏せた。

「……本当に、理樹君は優しいなあ」

 しばらく無言が続き、やがて、いつも通りの脈絡のない雑談が始まったけれど。彼女が一瞬見せた表情が、胸の内で引っかかっていた。

「理樹君、お待たせー」

 葉留佳さんの家に着く。買い物袋を運び入れた後、部屋で待っていると、彼女が飲み物と手作りのお菓子を持って来てくれた。

「作り置きで悪いけどね」

 ジャムやチョコレートで味付けされた、色とりどりのマフィン。その中にマーマレードの乗ったものを見つけ、思わず頬が熱くなる。

「今日はシフォンケーキもあるんだよ、おねえちゃんと焼いたんだ」

「ありがとう」

 一口食べてみると、心地良いしっとりした感触とほのかな甘みが広がった。ミントの風味は、二木さんの直伝らしい。

「美味しいよ、上達したね」

「散々しごかれましたから、やはは」

 マフィンやケーキを頬張る僕の様子を、葉留佳さんはにこにこと眺めている。そうしているうちに、すっかりお皿は空になった。

 片付けを手伝った後、机の上に二人の教科書とノートを広げる。

「さすが理樹君、ノートもバッチシですネ」

「葉留佳さん、さっきから写してるだけのような」

「いやー、ノートは前にみんなから貸してもらったんだけどね。姉御のは脱線しまくりだし、小毬ちゃんとクド公のはなんだかメルヘンだし、鈴ちゃんのは猫のことばっかしで」

「なんとなく分かるかも」

「特に、みおちんのノートに書かれていたアレは……凄まじいカルチャーショックがががが」

「そ、想像したくない……」

 しばらくは大人しく取り組んでいた葉留佳さんだが、一時間、二時間と経つにつれて元気がなくなっていく。ついに机にへたりこみ、音を上げた。

「理樹くんばっかり私の勉強見てずるーい!私も理樹君の勉強見るー!」

「えー」

 仕方がないので、葉留佳さんには問題集をやってもらい、僕も自分の勉強を進めることにする。時々顔を上げると、彼女と目が合う。軽く注意しても、無邪気な笑顔を浮かべたまま。

「だって、理樹君の勉強してる姿、初めて見るから」

 解き進めてくれてはいるようなので止めはしないが、どうにも気恥ずかしい。

「そう言えば理樹君、お腹空かない?」

 不意に、葉留佳さんが聞いて来た。

「うーん、まだ大丈夫だけど。どちらかと言えば、空いてるかな」

 僕の答えを聞くや否や、彼女が立ち上がる。

「また用意して来るね。できたら呼びに来るから待っててー」

「あ、勉強はっ」

「ちょっと休憩ですヨ」

 引き止める間もなく、下に降りて行ってしまった。

「葉留佳さんの勉強を、見に来たはずなのになあ」

 苦笑しながら、彼女のノートを見る。一応、指示した所までは進めてくれているようだ。

 僕も休むことにして、大きく伸びをする。

 ふと、机の上の写真立てに気付く。額縁の中には、葉留佳さんと二木さんのツーショットに、家族の集合写真。

 ベッドの側には、前に自分が渡した目覚まし時計が置かれていて、クローゼットの上にはいくつかのぬいぐるみも。確か、リトルバスターズのみんなで遊びに行った時のものだ。殺風景だったこの部屋の景色も、少しずつ変わってきている。

 ほっと一息つき、勉強を再開しようとする。

「わあーーっ!」

 唐突に、扉の外から叫び声が響いて来た。慌てて部屋を出て、階段を降りる。

「どうしたの!?」

 視線の先、台所の中で、エプロン姿の葉留佳さんが頭を抱えていた。その前からは、何やら黒い煙が立ち込めている。

「ってここで理樹君!?なんで降りて来たのさーっ!」

 さらに狼狽する葉留佳さんを、なだめようと近付く。

「悲鳴が聞こえたからだけど……焼くのに失敗したの?」

「わーっ!」

 台所に入ろうとする僕を、葉留佳さんは必死で止めようとする。が、隠し切れず、台所の中にあるものが視界に入る。

「あれ?」

 フライパンの中で黒煙を上げているものは、マフィンやシフォンケーキではなく、黄色い卵焼き。カウンターには、砂糖やジャムの代わりに、先程買った野菜やお肉が並んでいる。

「うわーん!見られた~っ!」

 両手で顔を覆い、彼女が嘆き崩れる。

「いや、何が何だか」

 シンクの側のボウルに入った、一口大に切られたじゃがいもやニンジンを見て、ようやく気が付く。

「葉留佳さん、料理してたの?」

「違うよー!ここからスコーンへと劇的な変身を遂げるんだよー!」

「さすがに無理があるよ」

 ひとまず火の回りを確認し、焦げた卵焼きをフライパンからお皿に移す。

「うう、こっそり満漢全席仕上げて理樹君をびっくりさせようと思ってたのにー」

「真人や謙吾にも応援頼まないといけなくなるね……」

 しょげる葉留佳さんを励まし、棚に掛けられたエプロンを拝借する。手を洗い、彼女の側に立つ。

「手伝うよ」

 あわあわと口を動かしていた葉留佳さんだが、やがて観念した様子で、はにかみながら食材を手渡してきた。

「それじゃあ、お肉を一口大に切ってもらえる?肉じゃがを作ろうと思って」

 隣り合って、たどたどしくも賑やかに、調理を進めていく。

「しまった、調味料忘れてたー!」

「ひえー!もう沸騰してる!」

「ぎゃあー!じゃがいもがあーー!」

 かなり、前途多難ではあったけれど。

 食器を並べて、ご飯をよそって。テーブルの上に、二人分の料理が並ぶ。野菜サラダに味噌汁、そして肉じゃが。

「しょぼーん……」

 だが、葉留佳さんは浮かない顔だ。肉じゃがを見ると、じゃがいもが煮崩れし、ぐずぐずに溶けてしまっていた。

「おねえちゃんと作った時は、上手くいったのになあ。ごめんね、理樹君」

「一生懸命作ってくれたんだから、きっと大丈夫だよ。食べてみてもいい?」

「う、うん」

 二人同時に、手を合わせて。

「「いただきます」」

 葉留佳さんが緊迫した面持ちで見守る中、肉じゃがを口へと運ぶ。

「うん、美味しい」

「本当?」

 ぱあっと、その顔に笑みが浮かぶ。

「少ししょっぱいけど、じゃがいもの風味もちゃんとするし。玉ねぎも甘くて美味しいよ」

「ホント、玉ねぎ切るの苦労したんですヨ!もう、大号泣のバーゲンセールって感じ!」

 生き生きと、葉留佳さんが調理の苦労を語る。

「考えてみたら、料理を作ってもらうなんて久しぶりだから、嬉しいよ」

「……いつも、お菓子ばかりじゃ申し訳ないと思ったから。もっと色々なものを、食べてもらいたいと思って」

 瑞々しく歯触りのいいサラダに、温かな味噌汁。どんどんと箸が進んでいく。他愛もないことを喋りながら、二人で食卓を囲む。

「こうしてると……なんだか、新婚みたいだね」

 リアクションを期待して、冗談めかして言ってみる。だが、予想に反し、葉留佳さんは顔を赤くして黙り込んでしまう。や、やってしまった。こちらも無言になり、場を沈黙が包む。目線を漂わせていた葉留佳さんだったが、壁時計を見て、はっと声を上げた。

「理樹君、門限!」

「えっ?……あ!」

 忘れていた。思っている以上に時間は経っていて、もうすっかり夜の時間帯だ。

「ごめん、うっかりしてて……!今ならまだ間に合うかも!」

 急かされて腰を浮かしそうになるが、思いとどまる。

「いいよ、食べっぱなしじゃ悪いし。真人に連絡して、何とかしてもらうよ」

「で、でも」

「あ、そうか。そろそろ家の人が帰ってくる時間だよね」

「ううん、今日は誰も……――っ」

「?」

 はっと、葉留佳さんが口をつぐんだ。頭に疑問符を浮かべる僕に、ばつが悪そうに説明する。

「その、今日はお父さんもお母さんも出張、おねえちゃんも委員会の仕事で寮に泊まりだから。今夜は誰も帰ってこないの」

 そう言うと、彼女は俯いてしまう。夕食を食べ終えても、口数の少ないままだった。

「ごちそうさま」

「……うん」

 台所まで食器を運び、洗うのを手伝う。

「そろそろ、失礼するね。遅くまでごめん」

「あっ」

 これ以上、気遣わせるのも悪い。帰りを告げ、部屋まで荷物を取りに戻ろうと、階段に向かう。

「……」

 小さく、背中が引っ張られる。振り返ると、葉留佳さんが下を向いて、僕の服の背を指で掴んでいた。

「……帰らないで、って、言ったら、どうする?」

 か細く、沈んだ声。一瞬、彼女の表情が、何かを責めるかのように歪む。

「葉留佳さんが良ければ、僕は構わないよ」

「……うん」

 わずかに、葉留佳さんが頷く。僕と目線を合わせることのないまま、リビングの方へと歩いていった。その背を見送りながら、僕は思う。

【HARUKA,s eye】

 理樹君が真人君と連絡をとっている間、お風呂場へと向かう。浴槽の中に注がれるお湯を、何をするでもなくただ見つめる。

 言ってしまった言葉は、もう戻らない。一緒にご飯を作って、食べて。私はすっかり浮かれてしまって。それなのにまだ、望むなんて。

「ロクデナシだな、私は」

「葉留佳さん?」

 外から声を掛けられ、慌てて私は表情を作る。

「ちとお風呂の準備をネ。理樹君、一番風呂どぞどぞ」

「いや、ここは葉留佳さんから先に」

「私の方が時間かかるし、準備とかもあるしさ。あ、ちょっと待ってね」

 衣類入れから、未開封のトランクスとシャツを取り出し、理樹君に渡す。

「良かった、まだ残ってた。お父さん用のだけど、新品だから安心してね。パジャマも要るかな?」

「ありがとう、助かるよ。また、新しいの返すね」

「いいよいいよ、それぐら……」

 素直に受け取る理樹君に、はっと身体を跳ね起こす。

「べ、別にこうなるの予測してた訳じゃないからね!偶然、偶然だから!」

「う、うん、大丈夫だよ。そんな力説しなくても」

 冷静に対応され、さらに顔が赤くなる。

「……中のシャンプーとかも、自由に使ってくれていいから。上がったら教えてねっ」

 パジャマ一式とタオルを理樹君の胸元に押し付け、脱衣所を出て勢いよく扉を閉める。閉じた扉に背を預けると、溜息が漏れた。

「何、言ってるんだろう」

 男女が二人きりで泊まるからって、そんなことになるなんて限らないじゃないか。それに、理樹君は私なんかに、そんな感情を持ってくれるのかも分からないのに。

 いつか、女子寮でのお泊まり会に、理樹君が連れ込まれたこともあった。彼にとっては、その時と何も変わらない。自分の下品な思考に、頭を叩きたくなる。

 耳元で聞こえる布の擦れる音に、意識が戻る。理樹君が着替え始めたのに気付き、慌てて脱衣所の扉から離れ、意味もなく家の中を彷徨う。

 やっぱり、私は浮かれてるんだ。また一つ溜息がついて出る。

 一階の洗面所に行き、新品の歯ブラシを探す。その後、二階に上り、押し入れから布団を一組取り出す。自分の部屋に運び、机を移動させて床に敷く。同時に、見られたくないものを隠して。

 他にしなければいけないことはあるだろうか。落ち着きなく、同じ所を何度も行ったり来たりしてしまう。

「上がったよ、葉留佳さん」

「わっ!」

 思わず身体が跳ねる。振り返ると、肩にタオルをかけた理樹君が立っていた。ほのかな湯気に包まれ、髪には滴が残り、つやつやと光る。

「う、うん!喉乾いたら冷蔵庫のお茶飲んでね!は、歯ブラシと布団も置いといたから!」

 素っ頓狂な声を上げながら、私は慌てて風呂場へと向かう。ああもう、私は馬鹿だ。

 

 頭からシャワーを浴び、身体を洗う。いつもよりも念入りに洗おうとする自分が煩わしい。どれだけ繕おうと、私は私でしかないのに。

 浴槽に身体を沈める。水の中は、あまり好きじゃない。幼い頃の記憶がよぎるから。あの頃は、私だけがこんな思いをしているんだ、と思っていたけれど。

 浴槽から上がり、再び身体を洗い流す。白く霞む視界の中、髪をほどいた自分の姿が鏡に映る。脳裏によぎる面影、何の痕もない両腕。

「何も知らないで、私は……」

 俯き、シャワーの栓に手を伸ばす。お湯の流れが閉じられる音が、やたらと大きく響いた。

【RIKI,s eye】

 僕は、部屋で一人、葉留佳さんを待っていた。

「やはは、理樹君、お待たせ」

 パジャマ姿の葉留佳さんが、部屋へと入って来る。いつも通りの笑顔を浮かべる彼女を、僕はじっと見つめる。

「どうしたの?あ、ひょっとして髪型?ふふふ、お風呂上りでもはるちんアンテナは死守なのですヨ」

 そう言い、サイドテールを指で揺らし、おどけた言葉を次々と並べてみせる。

「あれれ、なんだか表情が硬いね。げっ、まさかこれから勉強の続きをす――」

 意を決し、僕は一歩踏み出す。腕を伸ばし、葉留佳さんの手に触れる。

「理樹、君?」

 上擦った声を出し、彼女は僕を見上げる。

「葉留佳さん、何かあったの?」

 僕は両手でその手を包み、わずかに持ち上げる。改めて気が付く、さっきからずっと、彼女の手が震えていたことに。

「いやいや、はるちんは絶好調で……」

 その言葉は続かず、場に静寂が訪れる。

「今日の葉留佳さん、なんだか元気がなかったから。やっぱり、この状況で家に押しかけたのは、良くなかったかな」

「違うよ、理樹君が悪いんじゃなくてっ」

 首を振り、葉留佳さんは必死に否定した。自分でも予期せぬ言動だったのか、また固まってしまう。手を握ったまま、僕は次の言葉を待つ。

「辛いことが、ある訳じゃないの。それは本当だよ」

 しばらくして、彼女は重い口を開いた。

「おねえちゃんとも仲直りできて。家族も、友達もいて。たくさんの居場所が、私にはある。今は、とても幸せなんだよ」

 そう言い、弱々しい笑みを浮かべる。

「本当に、私は幸せで……。それが、怖いんだ」

 僕の手が一瞬、強く握られる。が、すぐにその手は離れて。頭を掻いて、曖昧に笑う。

「やはは、自分でも、よく分かんないんだけどね」

「大丈夫だよ」

「えっ?」

 もう一度、僕は彼女の手を握る。

「葉留佳さんは、今までずっと、辛い思いをしてきたんだから。その分だけ、いや、それ以上に幸せになっていいはずじゃないか」

 葉留佳さんは俯いたまま、僕の言葉を聞いている。

「自分が幸せだって思うことに、罪悪感を感じる必要はないよ」

「それは、違うよ」

 僕の言葉は、葉留佳さんに遮られる。その顔に、もう笑顔はない。

「葉留佳さん?」

「私は、何も知らない、何も分かっていない、自分勝手な子供だったんだよ……」

 胸元を握りしめ、目をきつく閉じて。

「私よりずっと、辛い思いをしている人がいるのに!そんなことにも、気付かないで……!」

 声を絞り出して、叫んだ。

 ようやく、葉留佳さんが心の奥底に抱えるものの姿が、分かった気がした。

 彼女は、悔いているのだろう。片割れの痛みを知らぬまま、自分だけが満たされてしまったことを。それでもなお、その先を願ってしまう自分を。

「もう、十分なんだ……だから、私は……」

 本当に、そうだろうか。

 自分の心を殺して、それでも幸せだと言えるのか。

 彼女の力になりたいと思って、僕は葉留佳さんの手を取ったはずだった。でも、今はその僕が、彼女を苦しめてしまっている。

 一瞬、脳裏によぎる光景。自分の手で誰かを救えるだなんて、傲慢な考えだ。けれど、僕の選択は“選ばれなかった誰か”を傷付けてしまっていたのかもしれない。傷付けてしまうのかもしれない。そして、“選んだ誰か”でさえも。

「葉留佳さん」

 それでも、僕は選んだのだ。目の前にいる、女の子のことを。だからこそ、僕は一歩を踏み出す。

 僕は葉留佳さんに歩み寄る。そして、震える肩に触れ、強く抱きしめる。胸元で、彼女が大きく息を呑んだのが分かる。

「葉留佳さんが、自分を許せなくても、僕が許すよ」

 選ぶということは、他の全てを切り捨ててしまうことだと。それを知ってでもなお。

「僕は、葉留佳さんのことが好きだから」

 伝えたかった。ここにいる僕は、確かに葉留佳さんを選ぶのだと。葉留佳さんと共に、歩みたいのだと。

「この先にどんなことがあっても。葉留佳さんの気持ちがどうなっても。僕の気持ちは変わらない」

 たとえ、誰かの幸せが消えてしまうのだとしても。僕はそれを、受け止めなくてはならない。見届けなくてはいけない。

 それが、葉留佳さんを選び、葉留佳さんを好きである僕が、向き合うべき責任だ。

 彼女の身体から、力が抜ける。僕は彼女の身体を支え、頭を撫でる。あの時、初めて告白した時のように。

 葉留佳さんが、僕の肩を掴む。

「ずるいよ、理樹君……」

 胸元に顔を押し当て、嗚咽を漏らす。

「この先、どうなるかなんて、分からないのに……そんなこと、言われたら、信じたく、なっちゃうじゃない……」

 泣きじゃくる彼女に、僕は顔を寄せる。

「駄目なのに、私はもう、満たされたはずなのに……」

「葉留佳さんが幸せじゃないと、葉留佳さんの大切な人たちも、幸せになれないんじゃないかな」

 葉留佳さんが、顔を上げる。

「二木さんだって、きっとそう言うよ」

「……本当に、理樹君はずるいね」

 ようやく、彼女は微笑んでくれた。目を閉じ、こつんと額をぶつけて。しばらくの間、彼女はそうしていた。

「理樹君が、いてくれたからだよ」

 やがて、僕の腕の中で、葉留佳さんが口を開いた。

「覚えてるかな、学校で初めて声をかけてくれたのも、理樹君だったんだよ。二人で直した、あのベンチで」

 整備委員の仕事を始めたのも、それがきっかけだったのだと。

「そこから、少しずつ友達もできて。リトルバスターズに誘ってもらって、憧れていたことがたくさんできるようになって」

 ここにいてもいいのかなと、思い始めて。

「どうしようもなくなった時も、理樹君が隣にいてくれて。私が変われたのも、今があるのも、理樹君のおかげで」

 私は、何も返せてはいないけれど。

「今日はね、少しでも伝えられればと、思ったんだ」

 葉留佳さんが、僕を見つめる。その瞳から、透明の滴が零れる。そして、とても綺麗な笑顔を浮かべて。

「ありがとう。こんな私のことを、好いてくれて」

 力強く、葉留佳さんが抱き返してくる。僕の肩に顔を寄せて、何度も背を撫でて。

「理樹君……」

 静かに、葉留佳さんが呟く。僕と彼女の視線が、自然と交わる。僕は彼女の頭を撫でながら、顔を近付ける。そっと、葉留佳さんが目を閉じた。

 夜の静寂の中、身体を伝わる、彼女の微かな鼓動だけを聞く。二人の距離が近付いていき、そしてゼロになる。

「んっ」

 二人の唇が重なる。空気を求めて一瞬離れる僕に、今度は彼女の方から口付けてくる。温かな感触の中、行き場を無くした息が、声となって零れた。

「理樹君、背中洗ったげるー。ごしごしっ」

 白く霞む視界の中、石鹸を泡立てたタオルで僕の背を擦り、葉留佳さんが微笑む。

 あれから色々あって、僕たちは再びお風呂に入り直していた――二人で一緒に。

「♪」

 交代で、僕も葉留佳さんの背を洗う。白い肌に傷をつけないよう、力を込めず、撫でるように。彼女の鼻歌が、浴室の中に反響する。

「窮屈じゃない?」

「うん。えへへ、理樹君と混浴だー」

 髪と身体を洗い終えた後、浴槽に二人で浸かる。僕の上に葉留佳さんが乗ると、お湯が溢れて湯気を立てた。

「はあ……」

 僕の胸に背を預けながら、手をとって。葉留佳さんが感慨深げに息を漏らす。ほどいた長髪が、温かいお湯の中で揺れる。そのまま、のぼせる直前まで、僕らは浴槽の中にいた。

 お風呂から上がって、葉留佳さんが髪を乾かすのを手伝う。風邪を引かないように、きちんと服を着込んで。二人で、一緒の布団に潜り込む。

「理樹君……ぎゅってしても、いい?」

 灯りを消してから少し経って、おずおずと彼女が訊いてくる。返答代わりに、僕は横を向きながら腕を持ち上げ、空間を作る。小さく照れ笑いを漏らして、彼女が抱き着いてくる。

「誰かと一緒の布団で眠るなんて、いつ以来かな」

 葉留佳さんが、ぽつりと呟く。

「考えてみたら、僕もずいぶんと久しぶりな気がする。あ、お泊り会みたいなことなら、何回かリトルバスターズでやったな。毎回枕投げに発展して、大変だった」

「やはは、想像がつくよ」

 言葉を切って、静かに彼女が回想する。

「寒い日は、一人だと辛くて。冷えた指先や足を体温で温めてもらう、っていうのに、ずっと憧れてたんだ」

 指先を僕の手に重ねながら、目を閉じる。

「お風呂で、誰かに背中を洗ってもらうのにもね。だから、理樹君とこうして一緒にできて、嬉しいよ」

 言葉を返す代わりに、僕は葉留佳さんの手を握る。その指が、そっと絡まる。

 彼女を近くに感じながら、目蓋を下ろす。ふと、頬に柔らかな感触を感じた。

「おやすみ、理樹君」

 ほどなくして、葉留佳さんは寝息を立て始める。やっぱり、気が張っていたんだろう。あどけない寝顔を見守りながら、僕はそっと彼女の頭を撫でる。

「おやすみ、葉留佳さん」

 どうか、夢の中でも、彼女が安らかでいられますように。

 翌朝、僕と葉留佳さんは慌ただしく家を飛び出した。

「ものの見事に遅刻だね……」

「いいよ、たまにはのんびり行こう?」

 少し冷たくて爽やかな、朝の空気が心地良い。穏やかに晴れ渡った街並みの中。僕の手を握り、一歩一歩を噛みしめるように、葉留佳さんはゆっくりと歩く。

「誰かに見られたら、また騒がれちゃうかもね」

「僕は構わないよ、本当のことだから」

 葉留佳さんに頭を小突かれる。いつものような他愛のないお喋りを、葉留佳さんは楽しんでいるようだった。

 学校の正門まで到着したものの、入口は閉ざされている。

「あ、理樹君こっちこっちー」

 当然のように抜け道を通ろうとする葉留佳さんに苦笑しつつ、結局僕も付いていく。

「よし、侵入成……」

「あー!三枝葉留佳!また懲りずに遅刻して!」

「ありゃー、見つかっちゃったか」

 茂みを抜けた先、校舎の影から見回り中の風紀委員たちが飛び出して来た。二木さんはいないようだ。

「こういう時は……」

 嫌な予感がして、僕は彼女を止めようとするけど。それより早く、葉留佳さんは駆け出してしまう。いつかのように、僕の手を引いて。

「逃げるっ!」

「やっぱりー!?というかなんで逃げるのさっ」

「いやーもう、あの人たち見ると条件反射で勝手に足が動いちゃいまして」

「や、厄介だ!」

 いくら二木さんと仲直りしたとは言え、あの人たちとは相変わらずらしい。怒号を上げて追いかけられているのに、葉留佳さんは嬉しそうだ。

「ええい、努力だ気合だ根性だー!理樹君、しっかり掴んでてねー!」

「って葉留佳さん、ビー玉零れてるからー!」

 誰よりも表情豊かで繊細な、愛しい僕の爆弾娘。彼女の巻き起こす騒動に巻き込まれて、今日も賑やかな一日が始まる。

 ありがとう、理樹君。

 もう、思い残すことはないよ。

 できるなら、ずっとこんな日々を過ごしていたいけど。

 そろそろ、終わりにしないとね。

 みんなまとめて助けちゃうなんて。

 理樹君と鈴ちゃんはすごいなあ。

 また、みんなとは一緒に過ごせるけれど。

 恋人の理樹君とは、お別れだね。

 ……やっぱり、おねえちゃんもいたんだね。

 こんな場所にまで来られるなんて、さすがだなあ。

「葉留佳は、それでいいの?」

 えっ?

「あなたは“また”我慢して、私に与えようとするの?」

 違うよ!私の方が、おねえちゃんにたくさんのものを貰って……

「私だってもう、たくさんのものを貰っているのよ。葉留佳からも、彼からも」

 でも、おねえちゃんはっ!

「葉留佳自身は、どう思うの」

 わ、私は……。

「私じゃない、葉留佳自身の気持ちが聞きたい」

 そんな、こと……。

「勝負よ」

 ――えっ?

「誰かのために我慢したり、誰かに強制される勝負じゃない。正々堂々とした、本当の勝負」

 ……!

「私は、負けるつもりはない。だから、あなたも全力で挑みなさい」

 そんな!おねえちゃんは,それでいいの!?

「あなたに心配されなくたって大丈夫よ。あなたと私なら、みんな私を選ぶでしょう.彼だって」

 っ!そ、そうとは限らないでしょ!

「……おっと、私を忘れてもらっては困るな」

 え、誰!?ってこの声は姉御!?一体どこから?

「なに、全員同じ所にいるんだ、会話に割り込むことなど簡単なことさ」

「私も、負けませんよ」

「じんじょーにしょーぶです!」

 みおちんにひんぬーわんこまで!?

「みんな助けてもらったからね~」

「そう言うコマリマックスはどうなんだ?どれ、おねーさんに言ってごらん」

「ほわあっ!?」

 ……えーと。

「なに、佳奈多君のことは心配いらんさ。そのためのリトルバスターズだ」

 えっ?

「来ヶ谷さん?」

「だから、だ。これからも君は遠慮なくこれからも全裸ゼブラニーソでしっぽりムフフといくといい」

 ………………。

「葉留佳?」

 ……もーーーー!あんだけ言っといて!!あの童顔どスケベ無意識ジゴロやろーう!いいよ!こうなったらもうはるちんも参戦してやるんだもんねー!あと姉御うるさい!

「騒いでるところ失礼しますが、そろそろ起きなきゃいけないみたいですよ」

「おっと。では、一足先に行かせてもらう」

「同じくです。では、しーゆーれいたー」

「私も行くね。またあとでね~」

「あんまり寝坊しないでください」

「……相変わらず、騒がしい人たちね」

 ……参っちゃいますよヨ、本当に。

「葉留佳、あなたも」

 うん。もう、大丈夫だよ。……おねえちゃん。

「なに?」

 ……ごめんね。

「……こういう時は、謝るんじゃなくて」

 そうだね……ありがとう。

「うん」

 じゃあ、向こうで。

「待ってるから」

(……ミッション、スタート)

葉留佳は、目を覚ましました。  (おわり)

『歌ネタ王決定戦2014』決勝戦 感想

2014年9月3日に地上波で放送された

お笑いコンテスト

歌ネタ王決定戦2014」決勝の感想です。

個人の勝手な、上から目線の意見を

含みますので、ご注意ください。

放送からかなり経ってしまいましたが、

ネタごとの感想を手短に書かせていただきます。

1.大福「試験前の注意」

普通のことをええ歌にするという、

歌ネタのお手本のようなネタ。

それだけに、もっと予想外の工夫が欲しかった。

2.馬と魚「色々な歌手で桃太郎」

やっぱり達者。でも、

今年のR-1と同じお題で、

かつ同じネタがあったのが不完全燃焼。

自身のあるネタとはいえ、

せめてお題は変えるべきだったのでは。

3.レイザーラモンRG椿鬼奴夜のヒットスタジオ

ネタの内容よりも、やってることの

バカバカしさを笑うネタなんでしょうが、

元ネタを知らないこともあり

あまり入り込めませんでした。

それだけに高評価が謎。

もっと分かりやすく

バカバカしいことをやって欲しかった。

4.AMEMIYA「CMソングのフルバージョン」

短い歌を連発するスタイルに。

AMEMIYAさんが

こういうネタをやること自体が斬新でした。

かなり楽しめたのですが、

いくつか展開が読めたのと、

ランドセルの辺りで失速してしまった感じがします。

5.タブレット純「算数の文章題」

初めてネタを拝見しました。

もう登場の時点で面白かったです。

何が始まるのか全く分からない

ワクワク感がありました。

ネタ自体はシンプルなものですが、

唐突に声が変わったり

いきなりギターを弾きだしたりと、

予想を裏切る展開が多くてハマりました。

ちゃんと学校の名前を言うのもツボ。

そして最後の問題w

6.インスタントジョンソン「接待カラオケ」

昨年の阿佐ヶ谷姉妹のネタのような、

一生懸命なのは分かるけどノレない、

そんな印象を受けました。

過去に「レッドカーペット」等のネタ番組

インジョンのネタをある程度見たのも

原因なのかもしれませんが。

こういうネタしかないのかしら…;

彼らのネタの中でもイマイチに感じたので、

個人的には最下位でもおかしくないと思いました。

7番目の手賀沼ジュンさんのネタに入る直前、

まさかの機材トラブルが発生。

急きょ、8番手だった

すち子&真也のお二人が先にやることに。

8→7.すち子&真也「浪速のギターポリス」

良く言えば鉄板、悪く言えばお決まりの

コテコテな関西の笑い。

好みは分かれると思います。

個人的には

前半のボケは今ひとつでしたが、

後半の「100年続きますように」にはやられましたw

お二人のネタが終わるも、

機材トラブルが難航しているようで

10分ほど待ちぼうけ。

その間をなんとかトークで繋ごうとする

小藪さんと後藤さんのお二人。さすが司会者。

はるな愛さんとタブレット純さんの

飲み会は見てみたいと思いましたw

審査員にもコメントを繋いでいる間、

なんとか機材の復旧完了。

7→8.手賀沼ジュン「回文ソング『逆さの道は魑魅の坂さ』」

散々引っ張られて

ハードルが上がってしまった感もありましたが。

びっくりしました。

こういうネタは「回文すごいなあ」と

感心するだけ終わることも多いのですが、

内容のバカバカしさやシュールな絵、

哀愁漂う歌声とメロディと、

複数の笑い所を設けて

きちんと笑いを獲りに来ているのが

すごいと思いました。

特に芸能人系回文の破壊力は凄まじい。

トラブル抜きにしても

一つ抜きん出たネタだったと思います。

ただ、ちょっと情報過多な感じもしたので

もっと間を増やして

2ネタ目に回しても良かったかも。

審査の結果、最後の2組が決勝へ。

トラブルが点数に影響してしまった感はありますね。

最終決戦が2組だけというのは

少ない気がするので、たぶんですが

本来は敗者復活枠があったんだと思います。

昨年のように、視聴者投票を実施して

一位になった組を復活させるという。

トラブルで時間の尺がなくなって

中止になってしまったのかもしれません。

できればタブレット純さんの

2本目を見たかった。

決勝1.すち子&真也「浪速のギターポリス」

昨年もそうでしたが、

2ネタ目の方が面白く感じました。

地味にすち子さんのツッコミもツボ。

「あんたもどっちかにしい」w

最後の「ゼロ~」を外してくるのも良かった。

2本目のネタだけで評価するなら、

こちらが勝っていたと思います。

決勝2.手賀沼ジュン「回文ソング」

1ネタ目と曲調を変えて、

さらに客席に声を掛けたりと

ライブっぽい要素を追加。

変化はあったのですが、

肝心の回文ネタの威力や面白さは

1ネタ目より下がってしまったように思います。

曲を無視してラップのように回文を読むところなどは

聞き取り辛かったですし、

内容もちょっと分かりづらく。

とはいえ破壊力は健在。

最終審査は2組のうちどちらかを選ぶ……

のではなく、まさかの点数審査。

少し驚きました。

採点の結果、手賀沼さんの点数が

すち子&真也のお二人を上回り、

手賀沼ジュンさんの優勝となりました。

結果的にトラブルがプラスに働いて

良かったのではないでしょうか。

急きょ出番が早まったにも関わらず

ネタをやり切った

すち子&真也のお二人も流石。

ただ、審査員が昨年の10人から6人に減ったり、

点数が昔のR-1のような、

後半にインフレする現象が起きていたのは

気になりました。

番組時間が短いわりに、

審査員のコメントもやたら長かったので、

来年は審査員コメントの時間を減らして、

もっと決勝進出枠を増やして欲しいです。

去年の10組がちょうどいいと思うのですが。

あるいは1組のネタ時間を延ばすか。

あとは、来年こそ

トラブルがないことを祈ります。

最後に、手賀沼ジュンさん、

おめでとうございます。

しかくいべんとーびやくゆりじけん(『キルミーベイベー』二次創作)

やすながふざけて、ソーニャが怒る、いつも通りの日常。

だが、殺し屋の自分が平穏な日々を過ごしていることに、ソーニャの心は揺らいでいた。

そんな時、刺客が襲い掛かり、ソーニャをかばってやすなが凶弾に倒れる。

猛毒に苦しむやすなを前に、ソーニャがとった行動とは。

漫画・アニメ『キルミーベイベー』の二次創作で、

ソーニャ・やすなの百合(女性同士の恋愛)小説です。

全年齢向けになるように一部の描写をカットしており、

元の版はpixivの方に掲載しております。

百合描写が含まれておりますので、苦手な方はご注意ください。m()m

自分なりに、キルミーと百合への思いを詰め込みました。

ご覧になっていただけると、嬉しいです。

 私の名前はソーニャ、殺し屋だ。普段は正体を隠し、一般の高校に通っている。

 午前の授業が終わり、教室の中が賑わいを見せ始める。それと同時に、隣からひときわ大きな声が発される。

「ソーニャちゃーん!」

 いきなり突進してきた人影をかわし、その腕をひねり上げる。

「あだだだだ!」

 そいつは身をよじり、足を床に打ち鳴らして叫んだ。その腹から、教室中に響くほどの重低音が絞り出される。そいつの全身から力が抜け、床にへたり込んだ。

「騒がしい奴だ……」

 呆れて拘束を緩めると、そいつは膝をついたまま腹を押さえ、蚊の鳴くような声を絞り出した。

「朝ごはん食べそびれた上、昼ごはん忘れたー……」

「自業自得だ」

 私が冷静に述べると、そいつは弾けるように跳び起き、こちらに向き直った。腕を振り回し、口をとがらせてわめき始める。

「その冷たい反応はなに!?大親友が苦しんでいるというのに!」

大親友?誰のことだ?」

 私の態度などお構いなしに、言葉を並び立てる。

「こうなったのも昨日ソーニャちゃんに付き合って校庭を夜まで掃除してたから!つまり、私が今日ご飯を食べられなかった原因はソーニャちゃんにあるってこと!責任とってよ!」

「知るか!そもそも掃除させられる羽目になったのも掃除が遅くなったのも全部お前のせいだろ!」

「さあご飯を出しなさい!ここか?ここなんか?」

「どこ触ってんだ!」

 背後から抱きついてきたそいつに、強烈な肘鉄を喰らわせる。地面にうつ伏せて小刻みに震えるそいつを放置し、私は鞄から昼食の焼きそばパンを取り出した。

「ソーニャちゃんって、いつもお昼それだよね」

 何事もなかったかのように起き上がり、再び話しかけてくる。

「別にいいだろ」

「よくないよ!栄養価が偏るよ!だから胸囲もそんな残念な感じに」

 異様にむかついたので、今度は顔面に拳を入れた。が、大してダメージを受けた様子もなく、大袈裟に嘆き始める。まったく、しぶとい。

これはひどい!深刻なカルシウム不足だよ!そんな危険人物にこれ以上焼きそばパンを摂取させる訳には!」

「おい、何をする!」

 そいつの手がさっと動き、私の焼きそばパンをかすめ取った。ビニールの梱包を破り、てかてか光るパンの表面を眺め、涎を垂らしている。

「さあさあ早く購買に行って野菜や魚を摂取して来るといいよ!この不健康な物体は私が処理してあげるから」

「自分が食いたいだけだろ!返せ!」

「あむっ!ふまひ!」

「貴様!」

 そいつは焼きそばパンを丸呑みし、リスのように頬を膨らませた。こいつ、私の昼食を!懐からナイフを取り出し、口を押さえて逃げ出したそいつを追いかける。

「むぐっ!?」

 走り出して数秒も経たないうちに、そいつは苦しげな声を上げ、胸元を拳で叩き始めた。だんだんと腕の動きが弱まり、目が吊り上がる。足の速度も緩まり、顔色が赤から黄色、青と信号機のように変わっていく。白目を剥くと、ついに仰向けに倒れた。

「……詰まらせたか」

 そいつの末路を見届けると、私は溜息をついて自分の席に戻った。

「いや、助けてよ!」

 生死の直前で咀嚼できたらしく、そいつは起き上がって抗議の声を上げた。もうちょっと頑張れよ、焼きそばパン。

 私の昼食を奪ったこのバカの名前は、折部(おりべ)やすな。外見は何の変哲もない茶髪の少女なのだが、その中身は死ぬほどうざったいお調子者だ。私が殺し屋なのを知ってからというもの、怯えるどころか四六時中つっかかって来るようになった。そのせいで、毎日のようにトラブルに巻き込まれる。

 今日も、昼食を新たに買いに行かねばならなくなった。私の昼食を食ったにも関わらず、なぜかやすなの奴も付いてくる。買う内容にあれこれ口出しされ、なんだかんだで食事にも同伴された。はあ……。

 放課後、珍しく一人で靴箱へと向かう。

「あ、探してたんですよ~」

 後ろから、おっとりした声をかけられる。振り返るが、人の姿はない。見上げると、長髪の女が真っ逆さまになって天井に立ち、こちらを見下ろしていた。物理法則を完全に無視している光景だが、慣れっこの私は軽くあしらう。

「また意味のないことを……」

「ふふふ、忍者ですから」

 こいつは呉織(ごしき)あぎり。私と同じ暗殺組織に属する忍者だ。私と同じように、この高校に通いながら組織からの指令をこなしている。

あぎりは細めた糸目を開くと、天井から降りて軽やかに着地した。周囲を見渡し、首をひねる。

「あれ、あの子は一緒じゃないんですか?」

「あいつは『大事な用があるから!』とか言って先に帰ったぞ」

 そう言えば、去り際に『明日はお昼ごはん、絶対に持ってこないでね!』と念押しもされたな。意味が分からん。

「それは、今回ばかりはありがたいです」

「……“仕事”に関する話か?」

 あぎりの意味深な反応に、私は人の気配が他にないことを確かめ、声を低める。

「はい。実はつい先程、組織から警告がありまして。新たな刺客が、付近に潜伏しているそうです」

 刺客、という言葉に私は眉を動かす。私とあぎりが属する組織と敵対する、殺しのプロのことだ。私たちを亡き者にすべく、これまでにも様々な刺客が差し向けられてきた。

「とは言っても、どいつも間抜けな奴だっただろ。そんなに警戒する必要があるのか?」

 過去の刺客の顔を思い浮かべながら、私は肩をすくめる。バレたらすぐに正体を明かす上、やれ変装だの時限爆弾だの奇をてらった方法ばかりで、大半が自滅していた。

「油断はいけませんよ。聞いた話ですと、今回の刺客は恐ろしい新型の武器を持っているらしいですし」

 いつも通りの間延びした口調だが、目が笑っていない。あまり、呑気に構えてもいられないらしい。

「わかった、警戒しておく」

「お願いします。また何か分かったら、お知らせしますね。それでは~」

 煙幕と共に、あぎりの姿は消えた。

 学校を後にし、夕暮れ時の川沿いの道を歩く。河原では子供たちが走り回って遊び、川向こうでは夕陽が周囲を照らしている。ありふれた平坦な光景、いつも通りの一日の終わり。そんな日々の中にいると、たまに自分が殺し屋であることを忘れそうになる。

 やすなに絡まれるようになってからというもの、殺しの回数は大きく減っている。今まで何度か刺客に襲撃された時だって、やすなが近くにいて、刺客に直接手を下すことができなかった。結局、あぎりや組織に身柄を引き渡し、処分を委ねてしまっている。

 いっそやすなの奴を始末してしまえば、間違いなく仕事も快適にこなせるようになるだろう。だが、それが何故かできない。依頼もないのに殺しを行うのは、殺し屋としてのポリシーに反するから。ただそれだけの理由だ。そういうことにしている。

 今のところ、組織からは何も言われていない。最低限の指令も問題なくこなせている。だが、それでも向こうには伝わっているだろう。役立たずは、いつ排除されてもおかしくない。

「……そうだ、私は殺し屋だ」

 言い聞かせるように、ぽつりと呟く。

「もし、刺客と遭遇した時は」

 身体に仕込んだナイフの感触を確かめ、私は一人、家路を急いだ。

 翌日の朝。教室に入ると、やすなが私の机の下にしゃがみ込み、何やらいじくっていた。

「何をしているんだ?」

「あげぇ!?」

声を掛けると、奴の頭が跳ね上がり、机の下に頭をぶつけた。

「そ、ソーニャちゃん、今日は早いんだね」

「通学を妨害してくる、どこぞのバカがいなかったからな。で?何・を・し・て・る・ん・だ?」

「ギブギブギブギブ」

 後ろから羽交い絞めにし、首を絞める。こいつが私の机に何かしている時には、決まってろくなことがない。

「こ、これを入れてただけだよ!」

 やすなが机の中に手を伸ばし、一冊の本を取り出す。その手には、絆創膏がいくつか巻かれていた。昨日は怪我などしていなかったはずだが。

「レシピ集?」

「ほら、ソーニャちゃんって食生活偏ってそうだし、健康なフードライフを過ごしてもらおうかと」

「言っとくが、私は自炊せんぞ」

「えー!?」

「殺し屋に料理をする時間などない」

「分かってないね!」

 腕組みをして答える私に、やすなが指を突きつける。

「食べるものって、身体にも関わってくるんだよ!ほら、スポーツ選手だって、毎日プロテイン飲んでるし」

「それ料理じゃないだろ」

「365日焼きそばパンじゃ、身体が焼きそばみたくニョロニョロのだるんだるんになっちゃうよ!」

「焼きそばパンばっか食ってる訳じゃねえよ!」

「どうかな?そう言ってても無意識のうちにボディはたるみ切って」

 くそ、苛々してきた。やすなに伸し掛かって関節技をかけ、たわごとを吐く口を黙らせる。

「あっ!あっ!すごい力!ごめんなさい!カチカチでーす!」

 一分ほど技をかけて、解放してやる。痛そうに身体をさすっていたやすなだが、はっと飛び起き、眉をひそめる。

「それともアレ?相手を美味しく料理してやるゼ的な、そういう寒いノリで」

「まず貴様から料理してやる!」

「げうっ!優しく!優しく調理して!」

 やすなを追い回し、頭をどつき倒す。いつも、こいつのペースに呑まれっぱなしだ。そしてなんで私は、それにいちいち付き合っているんだろうか……。

 そうしているうちに予鈴が鳴った。仕方ない、報復はこれぐらいにして、授業に専念するとしよう。

 一限、二限と過ぎ、昼休みが訪れる。やすなは机に突っ伏して、居眠りをしていた。

つかの間の静寂を噛みしめ、教科書や筆箱を机の中にしまう。だが、奥に何かがつっかえて、うまく入らない。おかしいな、今朝から物は入れていないはずだが。

 中を覗くと、布に包まれた包みが一つ。全く覚えがない。ひとまず取り出し、机の上に置いてみる。耳を当てたり、持ち上げ軽く振ってみたりしてみるが、音はしない。

こんなことをするのは誰か。まず思い浮かぶのはやすなだが、今朝に奴が入れたのはレシピ本だけのはず。ふと、昨日のあぎりの話を思い出し、背筋に冷たいものが走った。

 潜伏している刺客は『恐ろしい新型の武器』を持っていると言っていた……。もしや、これが!?ウサギ柄の可愛い布で油断させ、開けた瞬間に発動する武器なのかもしれない。音のないハイテク爆弾か、それとも細菌兵器か!?

 慌てて布包みを持ち上げ、教室内のごみ箱に安置する。いや、もっと離れた所に処分した方がいいな。

「あーーー!」

 目を覚ましたらしいやすなが、私を見て悲鳴を上げた。腰に手を当てて、こちらに詰め寄ってくる。

「なんで捨てちゃうの!?」

「いや、刺客が入れた爆弾かもしれないし」

「爆弾なんてひどいよ、私が用意したものなのに!」

「お前かよ……って、紛らわしい真似してんじゃねえ!」

「なんで怒るのー!?」

 勢いをつけて後ろ蹴りをかますと、やすなが叫びながら真横に吹き飛んだ。

 もういい、バカは放っておいて購買に向かおう。昨晩はずっと訓練をしていて、昼飯を用意する暇がなかったからな。今日は何を買おうかと考えながら、教室の後ろの扉に手をかける。

「あっ、待って~!」

 なんだよ……。そう言おうと私は立ち止まり、振り返った。その頬のすぐ側を、刃が掠める。

「なっ!?」

私を狙い飛んできた刃は、近くの机に突き刺さった。指先でつまめるほどの、弾丸のような刃だ。発射された方を向くと、視線の先には教室後ろの用具入れが。扉は開け放たれ、中はすでにもぬけの殻だった。

「刺客か!くそっ」

 こんな殺気にも気付けないとは、殺し屋失格だ。必ずここでケリをつけてやる……。

「ソーニャちゃん!?」

 異変に気付き、やすなが近付いてくる。

「お前は来るな!」

 突き放すように言い、私は外へと駆け出した。

 ナイフを構え、教室外に逃げた刺客の気配を追う。廊下を走り抜け、階段前で立ち止まる。その瞬間、階上から先程と同じ刃が飛来する。

「そこだ!」

跳躍して避け、ナイフを投げ付けて応戦する。だが、相手の姿は掻き消え、私のナイフは空を切った。

「逃げずに応戦してくるとはな。上等だ」

 地に刺さったナイフを抜き、私は刺客の後を追う。西階段、北廊下、部室錬……いずれもこの時間帯に人の気配がなく、陽が差し込まない場所だ。私のわずかな隙を狙って、物陰から刃が飛んでくる。手馴れてはいるようだな。だが、まだまだ甘い。

 私の投げたナイフが、刺客の足をかすめる。服が破け、血が滴る。またもその姿が掻き消えるが、床に血痕が残っている。これで追いやすくなった。投げたナイフを手早く回収しながら、血痕を追って最上階の廊下を走る。

「……追い詰めたぞ」

 下の階と違って、この廊下の先は行き止まりだ。己の失策を悟った刺客が、こちらを振り返る。窓から差し込む陽が逆光になり、顔はよく見えない。全身に黒装束をまとい、手には細長い筒のようなものが握られている。やはり、あの刃は吹き矢だったか。

「動くな、少しでも動いたら貴様の顔面を貫く。私を誘い込んだつもりだったか?残念だったな、誘い込まれたのはそちらの方だ」

 ナイフを構え、刺客との距離を詰める。

その時、刺客の口元が歪んだ。床を強く踏み上げて跳ぶと、背後の窓に勢いよく突っ込んだ。派手な音と共にガラスが粉々に割れ、欠片が光を反射して光った。

「何っ!」

 慌ててナイフを投げるが、窓の外へすり抜けていく。刺客の腕から鎖の付いた鉤爪が放たれ、校舎の上に突き刺さる。高速で鎖が巻き戻り、刺客の身体は上昇していった。

「ちっ、上に逃げたか」

 その場を離れ、階段から屋上へと向かう。その途中で通信機を取り出し、忍者のあぎりに応援要請を入れた。

 屋上の扉を空け放ち、周囲を見渡す。人影はない。物陰も少ない場所だし、逃げたのかもしれないな。

「くっ」

 その考えを掻き消すかのように、刃が飛んでくる。向こうもとことん殺り合うつもりらしい。

 屋上を囲むフェンスの向こう側に、刺客はいた。金網の隙間から、筒の先端が覗いていた。刺客の頭を狙いナイフを放つが、網に遮られる。それに対し、刺客の筒は隙間をくぐって私を狙ってくる。これでは、檻の中に入れられたも同然だ。

自分の優位を悟ってか、刃の攻撃が激しくなる。避けきれなくなり、とっさの所で刃をナイフで防ぎ、弾き飛ばす。

「舐めんな!」

 金網に近付き、老朽化して脆くなっている部分に、思いっきり蹴りを入れる。鉄網の一部が丸ごと吹き飛んで落下し、人が通れるくらいの穴がぽっかりと開いた。

フェンス全体が大きく揺れ、衝撃で刺客の身体がよろめく。落ちないように金網に掴まった隙を窺い、素早く穴をくぐり抜け、ナイフを投擲した。

とっさに前に構えた刺客の、手には吹き矢が。そこにナイフが衝突し、吹き矢を弾き飛ばした。

「勝負あり、だ」

ナイフの刃を首元にあて、刺客を睨み付ける。相手は立ちすくみ、両手を上げた。さて、こいつをどうするか。色々聞き出すこともあるし、迂闊に殺る訳にはいかない。

場からわずかに意識を逸らした一瞬、刺客の瞳が凶悪に染まった。刹那、背後から鋭い殺気が漂う。

目を見開いて振り返る。建物の影から、刺客と同じ姿の男が吹き矢を構え、黒々とした空洞が私を捉えていた。

しまった、二人いるとは思わなかった――!

「あぶなーーーい!」

 刃が私を貫く直前、突然現れた人影が、私を前に突き飛ばした。前に立っていた刺客が跳び退き、新たに表れた刺客の元へ素早く移動する。

「や、やすな!?」

 私の身体にのしかかってへたばっていたのは、見慣れたバカ。よりによって、なんでこいつが!?

「邪魔するな、どっか行ってろ!」

「早まらないでソーニャちゃん!悩んでるなら相談乗るよ!」

 どうやらこのバカ、私がフェンス向こうの端に立っているのを見て、誤解したらしい。

「自殺じゃねえよ!今どういう状況か分かってんのか!」

「え?屋上から飛び降りようとしてたん……じゃ……」

 やすなの言葉が唐突に途切れ、頭ががくりと落ちる。

「おい!?」

 その右足に、刺客の放った刃が突き刺さっていた。

「ぐっ!」

 目の前に刃が迫り、すんでの所で身体を反らせて回避する。再び、刃の集中砲火が始まった。しかも、吹き矢を取り戻した刺客と、新手の刺客、二倍の刃が飛んで来る。フェンスの内側から狙撃され、足場が狭くて思うように動けない。両の手にナイフを構え、必死に刃を弾き落とす。

 不意に刺客の一人が、私とは別の方向に狙いを向けた。

「がッ!」

 地面に倒れているやすなの左腿に、さらに刃が突き刺さった。やすなの口から、悲痛な叫びが漏れる。

「てめぇ!!」

激昂に意識が染まり、刺客に向かい突進する。だが、そこで隙が生じた。二人の刺客が放った刃の衝撃に負け、私の両手が開く。ナイフが宙を舞い、視界の外に消えていった。

新たにナイフを取り出そうとするが、二つの吹き矢が私に向けられ、身動きが取れない。後ろに飛び退こうにも、後ろにはもう地面の感触がない。くそ、どうすればいい……!

ぽちっ。

突然、刺客のすぐ後ろで爆発が巻き起こった。爆風を受けた刺客たちは一瞬で吹き飛び、吹き矢が地面を転がって音を立てる。爆風の衝撃で落ちないよう、とっさにやすなを押さえ、顔を腕で覆う。

「怪我はないですか、ソーニャ?」

 長髪の忍者、あぎりが手にスイッチを携え、こちらに歩いて来る。意識を失った二人の刺客を、素早くロープで拘束した。

「すまん、助かった」

「いえいえ~。連絡してもらえて助かりました。あ、これが新型の武器ですか。何の変哲もない吹き矢みたいですけど」

刺客の吹き矢を持ち上げ、あぎりが首をひねる。そして、やすなが倒れているのに気付き、慌てて駆け寄る。

「だ、大丈夫なんですか?」

「刺客の吹き矢を喰らってしまったんだ。まあ無駄に丈夫な奴だし、心配ないだろ……」

「ぐ、ぅっ」

 意識を失ったまま、やすなが呻き声を上げる。そして、身体をしならせ、苦しげに嘔吐した。地面に頭を打ち付け、吐瀉物が広がる。駆け寄ると、目はきつく閉じられ、顔から一切の血の気が引いていた。額には玉粒のような汗が滲み、全身はぶるぶると震えている。

「……やすな?」

 状況を理解できていなかったのは、私の方だったのかもしれない。

 あぎりが顔色を変え、やすなに刺さった刃を抜いて応急処置を行う。私は吐瀉物を拭い、やすなを抱え上げた。青白い顔色とは反対に、その身体は恐ろしいほどの熱を持っていた。

 あぎりが刺客を連行している間に、無我夢中で保健室まで駆ける。中には誰もおらず、すぐにやすなをベッドに寝かせた。先程よりは落ち着いたようだが、その苦しげな表情が晴れることはなかった。

 茫然と座り込む私の元に、あぎりが戻って来た。眉をひそめ、刺客の放った刃を手袋越しにつまむ。

「やはり、新型の武器だったようです。忍者の秘伝の毒物、どれにも該当しないものでした」

「……」

 黙り込む私を気遣うように、あぎりがこちらを見つめる。私は笑顔を作り、肩をすくめてみせる。

「かえって、こいつにはいい薬になったんじゃないか」

 戦闘で取り出したナイフを身体に収めながら、いつも通りの口調を装う。

「まったく、だから来るなといったのに。ま、そのうち目を覚ますだろう」

 だが、あぎりは俯き、首を振った。

「……死ぬかも、しれません」

その言葉と表情に、手から力が抜ける。床に落ちたナイフが、乾いた音を立てた。

「このままでは危険です。もっと調べて、なるべく早くに突き止めますから」

「別にいい」

 口が、勝手に動いていた。

「でも……」

「ちょうど良かった、こいつにはうんざりしていた所だったんだ。そろそろ昼休みが終わる、先に授業に戻るぞ」

 食い下がるあぎりを振り払うように、私は保健室を出て、勢いよく扉を閉めた。

 授業はまるで耳に入ってこなかった。今まで奴と過ごした日々の記憶、それだけが頭の中を渦巻いていた。

気が付くと、教室の中には誰もいなくなっていた。いつの間にか授業が終わっていたらしい。そこには、静寂しかなかった。

 頭を振り、手のひらで自分の顔を叩く。何をやってるんだ私は。今までだって、何人も殺してきた。あいつが一人死んだ所で、何だっていうんだ。もういい、早く帰ろう。

 鞄を開け、机の中の物を取り出す。その中に、さっきの布包みもあった。

「……捨てたはずなのに」

 どうせ、あいつがごみ箱から拾い上げて、私の机に戻したんだろう。もう一度捨てようと、布包みを持ち上げた。

「……中身が何かぐらいは、確かめておこう。気になるしな、それだけだ」

 兎のキャラクターが笑っている包みを開けると。

「……弁当?」

 同じキャラクターの弁当箱に水筒とお箸、添えられた小さなメモには、汚い字で「手作り。感謝していただきなさい。やすな」と書かれていた。そこで初めて、自分が昼から何も口にしていなかったことに気が付く。

 弁当箱を開く。卵焼きにウインナー、ブロッコリーにおにぎり、そして焼きそば。整えて配列されていたであろう品々は、衝撃でばらばらに散っていた。

 お箸を取り出し、一つ一つ、口に運んていく。

「卵焼きが甘すぎる。子供かよ」

 いいの!私は甘いのが好きなの!

「これは、タコ型にしたつもりなのか?」

 いやー、苦労したんだよ?ついつい自分の指も切っちゃって。

「固い。ちゃんと茹でろよ」

 野菜は、生の方が美味しいの!

「ぽろぽろと崩れる、おにぎりになってないぞ」

 いやーお母さんってすごいよね、どうやったらあんな綺麗な三角形にできるんだろう。

「味付けが濃すぎる。購買の方がずっと美味しい」

 ひどい!せっかく焼きそばパン食べて研究したのに!

「いったい何の気まぐれだよ、気持ち悪いな」

 最近、料理にハマっちゃって。やっぱり、作ったからには、食べて欲しいじゃない?友達にさ!

「――ッ」

 拳を、机に打ち付ける。椅子を鳴らして立ち上がり、扉を引き除け、一目散に駆け出した。

 息を切らし、保健室に飛び込んだ。校内からはすっかり賑わいが消え、部屋の中には私の靴音だけが響く。

「……そーにゃ、ちゃん」

 ベッドから、掠れた声が聞こえて来た。

「起きてるのか!?」

 駆け寄ると、やすながうっすらと目を開けていた。顔は熱で上気し、瞳は潤んで色が薄まっている。制服とシーツは、尋常じゃない量の汗で、ずぶ濡れになっている。震える唇を開き、小さな声を絞り出した。

「じさつなんて、しちゃ、だめだよ」

 開口一番、それかよ。

「だから、違うっての。殺し屋が自分殺してどうすんだ。お前の勘違いだよ」

「そう、なの?……よかった」

 全然良くないだろ。まず自分の心配しろよ。お前はそういう奴だろうが。

「どうし、たんだろう、からだ、ぜんぜん、うごかせなくて」

「いいから、じっとしとけ」

 額の上の濡れ布巾を持ち上げる。それは蒸したかのように高温で、もはや用途を成していなかった。冷たい水に浸して絞り、乗せ直してやる。

「服も、着替えないとな」

「あれ、やさしい?なにか、わるいものでも、たべた?」

 口の減らない奴だ。額を小突いてやるが、いつものような反応はない。力なく枕に頭を沈めるだけだ。くそ、調子が狂う。

 熱にうなされているかのように、やすなは荒い呼吸を繰り返している。私は近くの水差しを手に取った。グラスに水を注ぎ、口元に近付けてやる。やすなは喉を鳴らして、貪るように水を飲み始めた。口の端から滴が零れ、桃色の頬を伝う。空になったグラスに再び水を注ぎ、渇きを満たしてやる。

 二杯の水を飲みほすと、やすなは目を閉じ、長い息を吐いた。ほんの少しだけ表情を和らげると、穏やかに寝息を立て始めた。

 首元が苦しくないようにやすなのネクタイをほどく。上着も脱がせて、流れ出る汗を拭いてやる。

「ソーニャ?」

 保健室の扉が開き、長髪の忍者が顔を覗かせた。

「ここに、いたんですね」

 糸目をさらに細めて、心なしか柔らかい表情で近付いてくる。

「ちょっと、お付き合い願えませんか?ここでは話しづらいことがありまして」

 やすなの方を振り向く私に、あぎりが顔の前で手を合わせる。

「あー、やっぱり、目を離すのは心配ですよね」

「なっ、違う!ただ、離れている間にこいつが何かやらかすんじゃないかと」

「それでしたらご心配なく、分身の術~」

 あぎりが手で印を組むと、扉が開き、忍装束で顔を隠した人物が入ってきた。手には紙袋を持っている。

「着替えの制服も持ってきましたよ。これで替えてあげられるはずです」

「お前、覗いてたのか?」

千里眼の術です」

 くそ、食えない奴だ。

「私たちが出ている間は、彼女が看ていてくれますから」

「おい!?話が違うぞ、やすなやソーニャと対決できると聞いてアタシは」

 忍装束の奴が何やらわめいていたが、あぎりの笑顔に一瞬で固まった。やっぱり、目が笑っていない。

「頼みましたよ~」

あぎりと私は保健室を出た。

ぐぬぬぬ!くそっ!くそうっ!」

 部屋の中から、甲高い声が聞こえてくる。

「任せて大丈夫なのか?誰かは知らないが」

「刺々しく見えますけど、いい娘ですよ。安心してください」

 移動し、あぎりが普段潜(ひそ)んでいる、空き教室に入る。扉を閉じて早々、あぎりが口を開く。

「あの刺客が持っていた、毒の正体が分かったんです」

「本当か?一体どんな……?」

 珍しく、あぎりが口をつぐんだ。目を伏せ、躊躇(ちゅうちょ)するそぶりを見せる。

「そんなに、恐ろしいものなのか?」

「いえ、そうじゃなんですよ?いえ、恐ろしいものなのは間違いないんですが」

 私の表情を見たあぎりは慌て、努めて明るい声を出した。そんなに暗い顔をしていたのか、私は。

「その~、なんと言いますか」

 あぎりは深呼吸を一つし、思い切った様子で言った。

「媚薬なんです」

「――は?」

「性感帯に作用して、性欲を高める。いわゆる、えっちなお薬というものです」

「い、いや分かるが。なんでそんなものを刺客が?」

「いえ、これが馬鹿にできないんですよ?あくまで、暗殺のための毒物ですから」

 表情と口調を硬くし、あぎりが解説を始める。

「性感帯は免疫が少なく、毒が吸収されやすいんです。身体に回るのもとっても早くて、普通の毒よりもずっと早く効果が表れます。それに、性機能は命に大きく関わる部分ですから」

 あぎりの言葉に、毒を受けたやすなの姿を思い出す。尋常じゃない反応だとは思っていたが、そういうことだったのか。

「何よりこの毒が恐ろしいのは、猛毒だと周囲から悟られづらいことです。毒を受けた人は意識を失い、身体も痺れてまったく動かせなくなります。でも、傍目(はため)からは高熱で寝込んでいるようにしか見えないんですよ。目立った症状もなく、眠るように死んでいきますから、毒だと発覚もしづらいんです」

「でも、やすなは……」

「今回の場合は、二回刺されて倍の毒を受けましたから、過剰な反応が起きたんでしょう。それでも目を覚ましたのは、ほとんどあり得ないことです。普通の人なら一刺しだけで気絶して、そのまま目覚めることなく、半日でこと切れますから」

「半日!?」

 背筋が凍るのを感じながら、あぎりに詰め寄る。

「何か手はないのか!」

「残念ながら、解毒剤は作れないんです」

 頭を下げられ、目の前が暗くなる。だが、あぎりは続けて言った。

「ですが、他に方法はあります」

「本当か?」

「単純です。元は媚薬ですから……発散させてあげればいいんです」

「発散?」

 首をかしげる私に、声を小さくしてあぎりが続ける。

「この毒は、分泌液に混じって身体を蝕みます。それを外に放出できれば、毒は体外に出ていくはずです。……つまり、その」

「……!」

 意味する所にようやく気付き、私の顔が一瞬で赤に染まる。

「あ、分かってもらえましたか。安心しました。まあ、色々してあげないといけない訳です」

「ばっ、馬鹿言え!!」

 思わず、自分でも耳鳴りがするくらいの大声を出してしまった。今の私はきっと、耳まで真っ赤になっている。

「でも、自分じゃあ動けないんですから。誰かが、してあげないといけないんですよ」

 分かってはいる、分かってはいるが。だからといって、女同士で。それもよりによって、あいつとだなんて。

「本人にとっても、恥ずかしいことでしょうから。私としては、ソーニャがしてあげるのが、一番心の負担も少ないんじゃないかと思います。お願い、できませんか?」

「できるかそんなことッ!」

 目蓋をぎゅっと閉め、両腕を引きつらせて叫ぶ。顔から拳、つま先に至るまで震えているのが自分でも分かる。くそっ、これじゃあ、さっきのあいつと何も変わらない。

「そうですよね……すみません、無理を言って。ソーニャはここで待っていてください」

「……えっ?」

 顔を上げた私を安心させるように、あぎりが穏やかに笑う。

「私も、友達を失いたくはないですから。不慣れですけど、何とかやってみます」

 私が黙り込んだのを了承の印と受け取ったのか、あぎりは後ろを向いた。首元のネクタイをほどきながら、教室の出口へと歩いていく。

「うまく説明しておきますから。終わったら、戻りますね」

 意識を包んでいた熱が、急速に溶けていく。扉に手を掛けるあぎりの後ろ姿が、視界に映る。頭の中が白く染まり、そして弾けた。

「駄目だっ!!」

 気付いた時には、後ろからあぎりの肩を掴んでいた。目を見開いて振り返ったあぎりの表情に、一瞬で我に返る。

「……あ……その……」

 自分が発してしまった言葉を認識する。全身の血が沸騰し、汗が噴き出す。涙まで零れそうになるのを死ぬ気でとどめながら、ろれつの回らない口を動かす。もはや、前を見ることもできない。

「そ、そもそもこれは私が引き起こした事態だ……これ以上お前に迷惑をかける訳にはいかないっ。殺し屋としての面子にかけて、あのバカの責任は私が取る。し、仕方なくな!」

「分かりました。では、お任せしますね」

 柔らかく、あぎりが微笑んだ。

 保健室に戻ると、あぎりの連れてきた忍装束が、部屋の隅で座り込んでいた。時々やすなが寝ているベッドの方を見ては、しゃくり上げている。

「どうしたんですか?」

「うっ、やすな、やすなの奴が」

 背筋に悪寒が走り、思わずベッドに駆け寄る。やすなは目から下を布団に埋め、ぶすっとした顔で横を向いていた。悪い想像が外れたことに、私は胸を撫で下ろした。そして、そんな自分に苛立ちを覚える。何を安心してるんだ、私は。

 あぎりに促され、忍装束が涙声で訴える。

「汗で濡れてるから、着替えさせようとしたのに、全然させてくれないんだよお。布団を剥がしたら、噛みつかれるし。やっぱりやすな恐い!」

 歯形の残った腕を振り、忍装束はあぎりに泣きついた。頭巾の隙間から零れる、三つ編みのポニーテールが揺れる。その頭をゆっくりと撫でながら、あぎりがこちらを向いた。

「では、この娘と私は行きますね。あとは、できそうですか?」

 目を逸らしながら、ごくわずかに頷く。

「……」

 不信の目を向ける私に、あぎりが手を横に振る。

「もう覗きませんよ~、ここで失礼しますから。十分に発散できたら、自然に治るはずですので、安心してください。替えの制服も置いていきますね」

 いつも通りの緩やかな口調で言うと、あぎりはやすなに目線を送る。そして、まだ泣いている忍装束を脇に抱えると、部屋を出て、扉をしっかりと閉めた。

 部屋に、私とやすなだけが残される。静寂が訪れ、カーテンの隙間から差し込む陽が、部屋をうっすらと茜色に染める。

「……起きてるか?」

「うん」

 ベッドの側に立った私に、やすなが反応を示す。顔にかかった布団を外すと、赤みの差した頬に震える唇が姿を現した。

「どうして自分がこうなってるのか、分かるか?」

 瞬きを繰り返すやすなに、私は溜息をついてみせる。

「刺客の毒矢にやられたんだよ。私が屋上で戦ってる時に、のこのこと出てくるからだ。ったく、手間をかけやがって。おかげでこちらも死にかけるし。本当、付きまとうのもいい加減にしろ」

 こんなことを言うつもりはなかった。だが、口をついて出た言葉に引きずられるように、苛立ちが姿を現す。顔に、胸に、手に、腹に、脚に、不快が伝染していく。

真っ直ぐにこちらを見つめるやすなの瞳から逃れるように、私の口は雑言を吐き続ける。

「お前のせいで、殺し屋の任務も満足にこなせない。いらん怪我は負うし、朝から夜まで遊びに付き合わされて、時間を奪われる。挙句、仕事に行こうとしたら、妨害してくる。どういうつもりなんだ」

 話せば話すほど、胸の内に澱みが溜まっていく。自分の声、表情、仕草、言葉、何もかもをぶちのめしたくなる。何に怒っているのかすら、分からなくなる。

「殺し屋なんだよ、私は。殺しは悪いことだってお前は言うけどな、私はそうやって生きてきたんだ。お前の物差しを押し付けるな。その気になれば、お前なんていつでも殺せるんだ」

 なんて空虚な言葉なんだろう。私はいったい、誰に対して言い訳をしているんだ。それでも口は動き続け、やすなに、そして私に、とどめを刺す。

「二度と近寄ってくるな、邪魔だ」

 ああ。ようやく分かった。私は、壁を作りたかったんだ。向き合うことを放棄して、逃げたいだけか。

 やすなの奴はきっと泣く。あとは、動けないこいつを適当に裸にして、性欲を処理してやればいい。いくらバカでも、私と口を聞こうなどとは二度と思わないだろう。無表情を作り、顔を上げる。

 やすなは、微笑んでいた。さっきと変わらない目でこちらを見て、小さく笑い声を漏らしている。

「何がおかしい」

「ソーニャちゃん、いつものおこりかたとぜんぜんちがうね。ちっともこわくないよ」

「っ!」

 反射的に拳が動き、やすなの胸ぐらを掴む。動かないやすなの身体を無理やり引き起こし、私は怒鳴っていた。

「うるさいッ!お前に私の何が分かるんだ!」

「わかるよ、まいにちみてるから」

笑顔を崩さないやすなに、身体の動きが止まる。その瞳を、私は見てしまった。

「……ほんとういうと、さいしょはこわかったんだ。ソーニャちゃんのこと」

 ひどい形相を私は浮かべているはずだ。それでも、やすなは目を逸らそうとせず、ぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいく。

「ぜんぜんわらわないし、ケガはするし。なんでとなりのせきなんだろうって、かんがえたこともあった」

 それはこっちの台詞だ。なんでこんなバカと。

「でも、まけずぎらいなところとか、いがいとこわがりなところとか、かわいいところも、ちゃんとあるんだなあって、きづいた」

 ふざけんな。そっちだってバカのくせにがめついし、ずる賢いだろうが。そのくせ傷つきやすくて、純粋で。

「はなしているうちに、もっといろいろなところがみえてきて。なにをいっても、ちゃんとむきあってくれるところ。いざとなったら、しっかりたすけてくれるところ。まいにちがにぎやかで、たいくつなんてどこかにいっちゃったこと」

 それも全部お前のせいだよ。お前さえいなければ、何も見ないでいられた。お前さえいなければ、苦労なんてなかった。お前さえいなければ、ずっと穏やかでいられた。お前さえいなければ、こんな思い……

「たのしいんだ、ソーニャちゃんといると」

「……!」

 息が詰まる。やすなの瞳から、初めて涙が零れた。

「あぶなくても、めいわくでも、わたしはソーニャちゃんといっしょにいたいよ。いっしょじゃ、だめなのかな?」

 そんな顔をするな、バカ。

くそ、本当にバカだ。大バカ野郎だ、私は。こいつがこんな奴だってことは、最初から分かっていたはずなのに。

 腕から力が抜け、やすなの身体がベッドに降りる。私はベッドの端に力なくうつ伏せ、シーツに顔を埋めた。

「ソーニャちゃん?」

 やすなのか細い声を、暗闇の中で聞く。どのくらい、そうしていただろう。

「……もういい」

 シーツから顔を離し、立ち上がった。途端に、やすなが素っ頓狂な声を上げる。

「あれ!?ソーニャちゃん、もしかしてな」

「泣いてねぇっ!」

「おごぉ!」

 額に青筋が立つのを感じながら、やすなの腹に拳をめり込ませる。

「ひ、ひどいよ、うごけないのに……」

 腹を押さえることもできず、声を震わせている。結局、こうなるしかないんだな。そして、次は私の番。

「ぐッ!」

「えええ!?」

 私は大きく振りかぶり、自分の頬を全力で殴り付けた。やすなの叫びと鈍い打音が、部屋の中に響く。

「そそソーニャちゃんなにをやってるの!」

「何でもない」

 これは罰だ。向き合うことから逃げた、私への罰。

 戸惑うやすなをじっと見据え、私は口を開いた。

「服、替えてやる」

「えっ?」

 ゆっくりと、ベッドの隣の机に向かう。その上にはあぎりの置いて行った紙袋、そして、お湯が溜まった洗面器と清潔なタオルが置かれていた。タオルを手に取り、洗面器の中に浸して、固く絞る。

「汗かいてるだろ」

 やすなの側に戻り、うっすら湯気を立てるタオルを、顔に当ててやる。目を細め、やすなは心地よさそうな声を上げた。

 殴った場所が顔なのも、洗面器のお湯が比較的熱かったのも幸いだった。これなら、顔が赤くても言い訳ができる。

 制服の上着とネクタイを外し、近くの椅子に掛ける。一度深呼吸をし、ベッドの上に乗る。隅にタオルを置き、右手でやすなの頬に触れた。お互いの身体が、強張るのが分かる。

「こ、これも全部、お前のせいなんだからな。あとから文句言うな、よ」

最後の方はもう、音を成していなかった。くそっ、情けない。俯く私を、潤んだ瞳で、やすなが見上げている。その熱に吸い込まれるように、私はやすなの顔に手を伸ばす。

 やすなの小さく開いた唇と、私のそれが、距離を縮めていく。

「ソーニャ、ちゃ……」

 やすなの瞳が震える。私はゆっくりと、本当にゆっくりと顔を降ろし。

「んっ」

 そっと、唇を重ねた。

「で、足腰立たなくなるってお前……」

「ソーニャちゃんがあんなにするのが悪いの!」

「ここに捨てていくぞ」

「あっごめんなさい運んでください」

 夕暮れの川沿いを、私はやすなを背負って歩いていた。

 あれから四苦八苦して、なんとかやすなの身体から毒を追い出した。だが、肉体疲労のあまり、やすなは一人で歩くことができなくなっていた。それで、こうしてやすなを背負い、家まで送ってやっているという訳だ。

 茜色に染まる道に、重なって一つになった影が、長く伸びている。

「前も、こんな風に背負って、送ってもらったことがあったね」

「そうか?」

 口を開いたやすなに、声だけで答える。

「私がソーニャちゃんの家に行きたいって言って、その途中で気絶しちゃって。結局あぎりさんの家に行った時」

「……ああ」

 あの時は夜だったが。確か、催涙ガスでやすなの奴が爆睡して、仕方なく家まで届けることになったんだ。だが、家の場所が分からずに途方に暮れたんだった。

「気が付いたら公園で寝てて、びっくりしたよ。けど、実は私、途中で起きてたんだ」

「いや、何しても起きなかったぞお前」

「ソーニャちゃん、本当は家に連れて行って泊めてくれたんだよね。でも、バレたくないから、私が起きる直前にベンチへ寝かせたんだ」

「……ただの妄想だ、それは」

「じゃあ、もしかしたら、夢だったのかも」

「いいかげんだな」

「本当でも、夢でもいいよ。とにかくね、嬉しかったんだ」

 やすなはずっと、私の背に顔を寄せている。服越しにも、温もりが伝わってくる。私は溜息をつき、意味もなくやすなに突っかかる。

「今日もお前のせいで散々だった。これに懲りたらもう、大人しくしろよ」

「あ、野球やってる。へいパース!」

「聞けよ!というか、その状態でどうやってやる気だ」

 やすなの視線を追い、河原に目を向ける。子供たちが無邪気に遊び、その向こうには今日も変わらず、夕陽が沈んでいる。足を無意識に止め、その光景をじっと眺める。

「……大丈夫だよ」

 振り返る。夕陽が、やすなの穏やかな笑顔を照らしている。

「ソーニャちゃんは、ちゃんとこっち側にいるから」

「…………」

 黙り込み、再び私は歩き出す。このバカのことだ、きっと川岸の話でもしてるんだろう。そういうことにしておく。

 翌朝、私は重い足取りで、通学路を歩いていた。

 やってしまった……。人生史上、最大の汚点だ。昨日の痴態を思い出し、私は頭を抱える。

これからあいつに対して、どんな顔をすればいいんだ……。いっそ、始末してしまうか?私の黒歴史を消し去るためだ、法も許してくれるだろう。

「おはよー!」

 背後から耳慣れた声が響き、私の身体が跳ねあがる。首を軋ませながらゆっくりと振り返ると、案の定、やすなが立っていた。いつも通りの、呑気な表情を浮かべている。

「あれ、どうしたの?なんか浮かない顔だけど」

「いや、その」

「そういう時は、あっちむいてホイをやると元気出るよ!」

「……意味が分からん」

その様子に目立った変化はない。

……もしかすると、毒の影響で昨日の記憶がないのか?

 ほっと胸を撫で下ろした矢先、やすながはしゃいだ声を上げる。

「というわけでいざ!あっちむいてー!」

「付き合ってられるか」

無視して歩き出した私に、やすなが歓声を上げる。

「よし私の勝ちー!」

「はい?」 

振り返ると、やすなは私の歩き出した方向を指差していた。そして、口に手を当てて噴き出す。

「弱いねソーニャちゃん、それでもプロの殺し屋なの?」

「最初からやってねえ!」

「あごし!強制で向かせるのはなしでーす!」

怒りを込めて殴りつけると、叫びながらやすなが吹き飛んだ。良かった、ようやくこれでいつも通りだ。

 しつこくやすなが立ち上がり、不敵な表情を浮かべる。

「あれ、まだ気付いてないの?さっき振り返った時、背中にマヌケな紙を貼ったのに!」

「何!?」

 こいつ、いつの間に!?慌てて自分の後ろを振り返るが、背中には特に何もない。

「おい、なんで嘘を――」

 茶色の髪が、視界のすぐ近くに映る。

「んっ!?」

 一瞬何が起こったのか、理解できなかった。

 目を離した間に、やすなが私に近付き、顔を寄せてていた。そして、振り返った私に、唇を重ねていた。

「なぁーーーーっ!!?」

 後ずさりし、私は茫然と目を見開く。

 やすなは、笑っていた。手を後ろに組んで、髪を揺らして。心から嬉しそうに、バカみたいに笑っていた。

 頬を赤く染め、はしゃぎ声を上げて、やすなが走り始める。

「っておい、待て!」

 その後を、慌てて私は追う。くそっ、やっぱり苛々するっ!

 

(おわり)

ハーツ・オブ・ジョナサン(ゲーム小説)

自由を得るため、奴隷のよもぎは変態親子に‘ハーツ’で闘いを挑む。

そこに乱入する謎の人物、ジョナサン。彼の目的は一体?

文芸サークルの、他の人とプロットを交換して小説を書く、という企画に参加し、

そこで出した作品の前半。

偉大なるエログロ作家である後輩のプロットを元にしているものの、

アレンジし過ぎてほぼ別物に。

ドラマ「LIAR GAME」をオマージュしまくってます。

トランプゲーム‘ハーツ’をご存知の方も、そうでない方も

ご覧いただけると嬉しいですm( )m

 時は宇宙航海の世!衛星帝国の地下、そこでは欲に塗れた資本家層(ブルジョワジー)共の、醜い戯(たわむ)れが繰り広げられていた!

〈だ、ダイヤの3です〉

【あらあら、ダイヤが手札にありませんわ。では、ハートのK(キング)を】

 巨大な薄暗い賭博場、赤黒いテーブルの周囲に、四人の男女が集っていた。煌びやかな衣服を纏い、下卑た笑みを浮かべて対戦者を観察する、父と娘。首と手足に鎖を巻かれ、焦燥し切った表情で親子を睨みつける、桃の髪の女性と、銀髪の青年。対照的な二組が、それぞれ向かい合って座っている。四人の手元、そして机の上には、トランプのカードが。

 手札と場のカードを交互に凝視し、青年が苦悶に顔を歪める。その側で、父親は目線を下に向けながら、小さく笑っていた。そして、顔を上げて青年を急かす。

“まだ決まらないんですかぁ?もう47秒も貴重な時間が過ぎてしまいましたぞぉ”

《分かってる!くっ、ダイヤの4だ!》

“フホホ、実はわたくしもダイヤが尽きておりましてねぇ”

 そう言い、父親は手札からゆっくりとカードを持ち上げる。臭い息を吐き出しながら、机上にカードを放り投げた。

“では、振り込んでおきますくぅあな……スペードのQ(クイーン)”

《な、ん、だと?》

 青年の目が見開かれ、がくがくと顎が揺れる。場にあった四枚のカードが、機械によって青年の元に集められる。

(プレイヤー:雪輝、マイナス14ポイント)

机の中央から、機械の無機質な音声が響く。頭をかきむしり、銀髪の青年が机上に倒れ伏した。桃髪の女性もうなだれ、手の震えを必死に鎮めている。

【ひょー!ヘコんだ顔が超セクスィ~ッ!!やだ~、もう、興奮しちゃうじゃないンッ】

 ドレスから覗く胸を揺らしながら、くねくねと身体を蠢かせ、娘が悶える。テーブルを囲む有象無象の輩たちが哄笑を上げ、カジノ場の中が喧騒に満ちる。

「さくら姉(ねぇ)!ゆき兄(にぃ)!」

 観客の中でただ一人、三枝(さえぐさ)よもぎは悲鳴を上げた。盤上の男女と同じように鎖で繋がれ、端整な顔立ちは恐怖に歪んでいる。

 一方、テーブルでは、遊戯が続けられていた。それぞれが最後の札を出し合う。青年がハートの4、父親がハートの10。

《よし、これなら……!》

〈ごめん、雪輝……〉

 女性が開いたカードは、ハートのJ(ジャック)。

《ッ!?》

【あ~、やっちゃった~!雪輝君、ひど~い。あ、私はハートの9よぉ】

(プレイヤー:さくら、マイナス4ポイント)

“おいおい娘ぇ、さくらちゅわんをあんまり虐めるなよぉ”

【ごめんなさいお父様ぁ、でも、あんまり二人が弱すぎるものですからぁ。アハハハハ!】

 鼻に付く声で、親子が囁いた。全員のカードが尽きると同時に、機械の宣告が響く。

(第5ラウンドの結果、羽波(はなみ)親子:計マイナス20ポイント。三枝姉弟(きょうだい):計マイナス110ポイント。片方のチームのマイナスが、100を上回りました。次のラウンドは行われません。ゲームセット。羽波親子の勝利です)

【あらぁ~!?しょぉぉぶが、ついちゃったあああぁ!!】

 娘が狂ったように叫び、机の上で身体を揺れ動かした。

(得点の差額、90ポイント。マイナス1点につき一億円のペナルティ。均等に配分し、三枝さくら、三枝雪輝の両名に、四十五億円の負債が科されます)

《ああああああああああああああああああ!!!!!》

 青年が膝から崩れ落ち、床に拳を叩き付け、慟哭する。その向かい側では、女性が顔を両手で覆い、嗚咽を漏らしていた。

“ホヒヒィ!残念どぅあったねぇ、自由を手にすることがどぅえきなくて……”

 愛する家族が食い物にされる様子を、ただ見ていることしかできない。強く握りしめたよもぎの拳に、血が滲んだ。

 

 さくら、雪輝、よもぎ。宇宙の隅の小さな星で、三人の姉弟(きょうだい)は平穏に暮らしていた。早くに両親を亡くし、助け合って生きてきた。いつも一緒にいて、周りからは‘だんご三姉弟’と呼ばれるほどだった。

 しかし、戦争が全てを変えてしまった。故郷は他の星に侵略され、植民地の奴隷として彼らは連行された。

肉体労働を強いられる、過酷な日々。だが、ある時一人の資本家(ブルジョワ)が彼らに目をつけ、話を持ちかけた。

“今度、貴族の間である遊戯が行われるのだがぬぅえ。それに勝つことがどぅえきれば、君たちの所有者に掛け合って、自由にさすぅえてあげよう”

《本当か!?》

“もちろぉん、負けた時にも相当の代償を支払ってもぉらうがねぇ”

〈何を、すればいいの?〉

“なぁに、難しいことじゃないさ。使うのは、たったこれどぅあけだ”

 そう言うと、資本家(ブルジョワ)は懐から、トランプの束を取り出した。表面に描かれていたのは、ハートのA(エース)。

“‘ハーツ’を、知っているかね?”

[ハーツ:ルール説明]

ハートのカードを取るほど不利になる、減点式のトランプゲーム。プレイヤーは四人。

ジョーカーを除く五十二枚のカードが、各プレイヤーに十三枚ずつ配られる。1ターンに一枚ずつカードを出し合い、13ターンで1ラウンド。

1ターン目は、まずクローバーの2を持っている者がそれを場に出す。続けて時計回りに、全員がクローバーのカードを一枚ずつ出す。

最も強いカードを出したプレイヤーが、場の四枚のカードのポイントを得て、ターン終了。カードの強さは、A(エース)→K(キング)→Q(クイーン)→J(ジャック)→10→…→2の順。

2ターン目以降は、前のターンで勝ったプレイヤーから開始。好きなカードを一枚場に出す。ただし、ハートのカードは解禁(ブレイク)(後述)されるまで出すことができない。残りのプレイヤーは、最初のカードと同じマークのカードを一枚出す。カードの強さを比べ、最も強いプレイヤーに得点。これを、全員の手札がなくなる13ターンまで繰り返す。

場のカードと同じマークのカードが手札にない時は、好きなカードを出すことができる。ただし、マーク・数の大きさに関係なく、最弱の扱いになる。この時、ハートのカードを場に出してもいい。場に初めてハートのカードが出された時、ハートが解禁(ブレイク)となる。以降は、自由にハートのカードを出せるようになる。

ポイントがあるカードは、ハート全てとスペードのQ(クイーン)だが、すべてマイナス。ハート一枚につきマイナス1ポイント、スペードのQ(クイーン)はマイナス13ポイント。他のカードにポイントはない。

ポイントは各ラウンドの終了時に蓄積されていく。誰か一人のマイナスが100を越えるまで、ラウンドを繰り返し行う。最終ラウンドの終了時点で、最も減点の少ないプレイヤーが勝ち。

十四枚のマイナスカードをいかに避けるかが鍵だが、注意すべき‘特殊ルール’がある。

1ラウンド中に、一人のプレイヤーが十四枚のカードをすべて獲得した場合。ボーナスとして減点が0になり、その代わりに、他の全員にマイナス26ポイントが科される。得点カードを一人に独占させるのも、防がねばならない。

“今回やってもるぁうのは、二対二のチーム戦だ”

 そう言うと、資本家(ブルジョワ)は変更ルールを提示した。

・同チーム二人のポイントを合計して、チームのポイントとする。片方のチームのポイントがマイナス100に達したラウンドで終了。

・‘特殊ルール’が発動した場合、達成プレイヤーと同チームのプレイヤーには、マイナス26ポイントは科されない。

・同チーム二人で合わせて全得点カードを獲得した時も、‘特殊ルール’が発動する。

“お相手するのは、私と、私の愛娘どぅあ。もし1点でも勝利することがどぅきれば、君たち三人はめでたく釈放だ。たどぅぅあし!”

 資本家(ブルジョワ)が勢いよく声を発し、臭い唾液が飛び散る。

“そちらが負けた場合、差額1ポイントにつき、一億円をいたどぅあく”

「い、一億!?」

〈そんなお金、どこにも……〉

“心配いらぬぁいよ、今よりもっともっといっぱい働いてもらうだけさ。‘いい商売’を紹介してあげよう、すぅぐに稼げるさ”

《無茶苦茶だ!》

 掴みかからんばかりの雪輝を、資本家(ブルジョワ)はやぼったい目で睨み付ける。

“おやおや、奴隷の分際で口答えすぅる気かね?わたすぃの慈悲ぶくぁーい心で、と・く・ぶぅえ・つにチャンスをあげようというのだよ?不満なら、今すぐ労働に戻って貰おうくぅあ?”

 長い沈黙が三人を包む。そして、雪輝が口を開いた。

イカサマは、無いんだろうな》

“侮辱も大概にしてくれたうぇよ。試合は貴族公式の神聖なる賭博場、大勢の観客の中どぅえ行われる。ボディチェックをはじめ、監視は完璧。第一、不正などあったら、公平なゲームを楽しみにしているお客に何と言うぁれるか”

《……わかった。挑戦する》

「ゆき兄!?」

《俺たちの中から、二人出ればいいんだな。さくら姉》

振り返る雪輝に、さくらも真っ直ぐ正面を見据え、頷いた。

《俺とさくら姉で参加する。だから、俺たちが負けた時も、よもぎには負債を科さないでやってくれ》

“ま、いいだろう。たどぅあ、君たちだけで借金を返せればの話だがね、グフフ!”

「だめだよ、そんな……!」

寄りすがるよもぎの頬に触れ、さくらが優しく囁く。

〈私も雪輝も、もう大人。幸せな時間も過ごせたし、覚悟もできているわ。でもよもぎ、あなたはまだ幼い。もっとたくさんの幸せを知って欲しい〉

《なあに、心配すんな、二人とも。1点でも勝てればいいんだ。たかだかゲーム、軽々と突破してやるさ》

 希望を見出して、三人はお互いを励まし合う。その光景を眺め、資本家(ブルジョワ)は満足げな笑みを浮かべた。

 そうして、三人は賭博場へと足を踏み入れた。よもぎの見守る中、さくらと雪輝は死力を尽くして闘った。

だが、対戦チーム、資本家(ブルジョワ)の羽波親子の、緊張の欠片もない態度。そして、狡猾な連携プレイ。焦りと苛立ちを募らせ、完全に向こうのペースに呑まれてしまった。

“四十五億の借金だぁぁって!?どうするのぉ?返せるのぉ!?うひょー!”

 狂喜する父親に、雪輝とさくらの二人は返す言葉もない。地に伏せる二人を見下ろしながら、娘が父の後を継ぐ。

【お金で払えないなら、身体で払ってもらうしかないわよねぇん。二人とも、うちで働いてもらうわ!】

《最初から、それが狙いか……!》

 唇を噛み締め、親子を睨みつける雪輝に、娘は呆れた様子で首を振った。

【まあまあ、品の無い反抗的な態度……何を抜かすんですの、これは公平なゲームの結果ですのよ。恨むのなら、ご自身の手腕を恨むのね】

 ‘公平な’の部分に特に力を入れ、娘が言い放つ。その横で、父親はニタニタと笑みを浮かべ、雪輝の元へと擦り寄った。

“な、なぁあに、簡単なお仕事さぁ。ちょっと夜の間にわたくしと語るぃあってくぅれるでけでうぃぃんだよ!グフ、グフフフフ!!”

不気味な猫撫で声を発し、雪輝の両手に頬擦りをする。

《っ!?よ、寄るな!》

【あらあらお父様、なにも公(おおやけ)の場で隠れた性癖をお披露あそばさなくても】

“し、しょうがないだるぅお、もう公的な手段だけでうぅは収まりがつくぅあんのだから、ハァハァ!そ、それにお前だって、さくらちゅうぁんがお目当てなんだるぅお?”

【ああん、おっしゃらないでそんなこと、必死に我慢してるぅんですのにぃ!……ああ、今すぐ剥いて食べてしまいたいわぁ!!】

〈ひっ!?〉

 頬を伝う涙を、息を荒げた娘に舌ですくわれ、さくらの顔が引きつる。

“怖がらなくてうぃぃさ、二人とも、しこたぁまお世話ぁしてあげるからねえ!”

「……っ!」

 鎖を鳴らし、よもぎが跳ね起きる。周りの制止を振り払い、兄と姉の元に駆けていく。

よもぎ!?〉

“な、なんだぁ!?”

「さくら姉とゆき兄から、離れろ……!」

 叫びながら、よもぎは客席の柵を乗り越え、懐に手を伸ばしかけた。

《よせ、よもぎ!》

 それを、雪輝が鋭く恫喝する。よもぎの身体が震え、歩みが止まった。それを見届けると、雪輝は大きく息を吐き、父親を睨み付けた。

《俺たちはどうなってもいい、だが、よもぎの件は守ってもらうぞ。今すぐよもぎを帰せ》

「そんな、駄目だよ!」

 なおも食い下がるよもぎだが、黒服の男たちに押さえられる。鉄枷(かせ)に首を絞められ、苦しげにうめく。

“はぁ?命令できる立場と……”

軽薄な笑いを浮かべていた父親だが、雪輝の目の迫力に圧倒され、黙り込む。しばらく考えた後、肩をすくめながら口を開いた。

“わかったわかった、お望み通り、よもぎとやらは返すさぁ。その代わり、毎晩わたくしの相手をするんだぞぉ”

 雪輝の拳が固く握られ、強く震える。

【ご主人様に向かって、その反抗的な態度は何!?】

《ぐっ!》

 娘に命じられ、部下の黒服が雪輝の鎖を掴んで引っ張り、雪輝を地面に引き倒した。さらに、痩せ細った腹を容赦なく殴りつける。雪輝の口から血が漏れ、その身体は力なく地面に倒れた。

【奴隷の分際で!徹底的に教育してやらないと!】

“いいさ、そんぐらい反抗的な方が、こちるぅあも萌えるしのぉ。ウへへへへェ!”

【もぉ、本当お父様ったら、マニアックなんだからぁ。まあ、その方が調教しがいもあるってもんよね】

 雪輝の頭を踏みつけ、娘が歪んだ笑みを浮かべる。

 押さえられながらも、よもぎはなおも抗うことをやめていなかった。ふと、さくらが自分に、眼差しを向けていることに気付く。

 愛する姉は、目に涙をいっぱいに溜め、微笑んでいた。

〈(あなたは、幸せになりなさい。元気でね)〉

 姉の声を、よもぎは確かに聞いた。よもぎの頭の中で、何かが弾けた。

「待って!待ってください!!」

“んんぅ?”

 よもぎの凛とした叫びに、全員の目が集まる。

「私にも、勝負させてください!」

よもぎ!?よせ!》

〈駄目よ!あなただけでも逃げなさい!〉

 必死に訴える雪輝とさくらを黙らせ、娘が頭(かぶり)を振る。

【はあ?今更何言ってんの?このゲームは二対二の勝負。敗者のこの二人にもう、ゲームに参加する資格はない。どちらかの四十五億円を今完済するか、もう一人奴隷を連れてきてから、そういう事は抜かしていただけないかし……】

 思わず、娘は言葉を失った。地面に頭を擦り付け、もみじは土下座していた。痩せ細った体を、さらに小さくして。

「お願い……お願いします……」

 涙をいっぱいに溜め、父と娘を見つめる。

【まぁ……!】

“お、オゥフ!”

 胸元を押さえ、よろめく親子。

【……気が変わりましたわ。そこの奴隷!よもぎ、と言いましたわね?わたくし専属の奴隷になるのでしたら、二人の負債を帳消しにするだけでなく、完全に奴隷から解放してあげてもよろしくてよぉ?】

〈っ!!!〉

《き、貴様……!》

【なーにが不満なのよ、解放したげるって言ってるのに。到底勝てる見込みのない勝負なんかするより、こっちの方がよっぽど建設的だと思うけど?】

“あーーん、ずるうぃ!わたくしが先に言いたかったぁ!”

【こういうのは早い者勝ちでしてよ。それに、なにも独占するとまで言ってませんわ。たまにはお父様にもお貸ししますわよぉ】

“オオ、さすがぁはわが娘!話が分かる!”

 一通り騒いだ後、親子は舐めるようによもぎを見回し始めた。

《〈よもぎ……!〉》

 二人の家族の眼差しに、もみじの瞳から、こらえきれない涙がこぼれる。それでも、笑顔を作り、二人に微笑みかける。そして、深呼吸をし、毅然と親子に向き合う。

 その唇が今、開こうと――

『ちょっと待ったぁ!!』

 頭上から、力強い声が響き渡る。

【な、何なの!?】

辺りを見回す一同の側に、何かが着地した。瞬時に賭博場内に現れた人物に、全員が眼を白黒させる。

翼のあしらわれた三角帽子から、艶やかな銀の長髪が除く。ダークグレーのオーバーにロングズボン、マントを着用し、胸元のベストは前に大きく盛り上がり、丸く膨らんでいる。

“何者だぁ!”

 瞬く間に、黒服に取り囲まれるが、乱入者は両手を上げ、へらへらと笑った。

『落ち着いてくれよ、鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔しちゃってさ。これでも、客人なんだぜ』

 そう言い、金色に鈍く光る、賭博場の会員証を掲げる。それを見た父親は、ひとまず黒服の警戒を解いた。

『オレはただ、そいつに協力しようと降りて来ただけさ』

 よもぎを指差しながら、乱入者は言った。

“協力、だとぉ?”

『このいじらしい奴隷ちゃん、ハーツで勝負してえのに、仲間がいねえんだろう?せっかく本人がやりてえって言ってんだ。一人足りねえってなら、オレが嬢ちゃんの仲間になるぜ』

 夢でも見ているのかと、よもぎは呆然と乱入者を見つめる。金切声をあげ、娘が足をばたつかせる。

【余計な事すんなよぉ!せっかく話がまとまりかけてたのにぃ!部外者は引っ込んでなさい!!】

『なんだよ、冷たいな。もちろんタダとは言わねえ。前金は払うさ』

 乱入者は胸元から金貨袋を取り出し、テーブルの上に放り投げた。鈍く重い金属音に、父親の目の色が変わる。

“ゲームに負けた際は、負債もちゃぁんと払ってくれるんだろうなぁ?”

『もちろんさ。余興に参加させてもらうんだ、条件はあの奴隷と同じで構わねえ』

 父親の顔色を見て、必死に娘が食い下がる。

【騙されないでお父様!こいつ、三人を横取りするつもりですわ!】

 チッ、チッ、と乱入者が舌を打ちながら、人差し指を左右に振る。

『違う、違う。奴隷などに興味はねえ。オレはただ、この余興を面白くしたいだけだ。そちらが勝てば、奴隷も金もお渡しするさ。こっちが勝った時は、その奴隷の好きにするといい。その辺のいざこざは御免だ』

 なおも口を開こうとする娘を、父親が制す。顎を撫でながら、乱入者を値踏みするように眺め、口を開く。

“わかった。お望み通ぉり、よもぎちゃんとお前のチーム戦に応じよぉ。ただ、よもぎちゃんの要求は‘二人の奴隷を解放すること’。それを天秤にかけるぅつもりなら、まずこの二人の奴隷にかかった、90億円の負債を全額返してぇもらわんとな。どぅえなければ、とても安心してゲームを進めるぅあれんよ”

《こいつら、どこまで……!》

 非難の目線など、どこ吹く風。面の皮厚く、相手を嘲笑う。一方の乱入者は特に動じる様子もなく、あっけらかんと答える。

『そんな金、今はとても持ち合わせてねえよ』

 親子が呆れて首を振りかけた直後、乱入者が思いもよらない提案をした。

『だから、その負債を引き継いだ形でハーツをやろうぜ。前の対戦の差額は90ポイントだったよな?なら、こちらのチームはマイナス90ポイントからスタートで構わん。それで、いったん二人の負債を0の扱いにしてくれ』

「えっ!?」

 状況を見守っていたよもぎは、改めて乱入者の顔を凝視した。

【人を馬鹿にしてますの!?そんなの、勝負にもならない!1ラウンドで終了ですわ!】

『そこをなんとか頼むよ~!』

 唐突に素っ頓狂な声を上げる乱入者に、娘の口がぽかんと開いた。

『恥ずかしいから言いたくなかったけど、オレずっとこの賭博場に憧れててさぁ!ほらオレ、全然金持ちっぽくないだろ?会員証を作ってもらうのだって苦労したんだぜ。すべての博打好きにとって憧れの舞台で、どうしても一発打ってみたいんだよぉ』

 表情をころころと変え、おどけた調子で必死に懇願する。その滑稽な姿に、親子も毒気を抜かれる。

『一ゲームだけでも打てたら、オレはそれで満足するンだ。ねね、いいだろ?負けた時点で、借金してでも全額払うからさあ』

“……まったく、本来はお前のような者が来る場所じゃあないんだぞぉ”

【えぇーー!】

 渋々ながら了解した父親に、娘が悲鳴を上げた。

【どういうつもりですの、お父様!あんな馬の骨に、みすみす奴隷を手に入れるチャンスを明け渡すなんて!】

“まあ、いいじゃないかぁ。大方、頭のいかるぇた博打バカ、ってとこだろう。見ろよ、この金貨。ざっと二億はあるぅぜ。バカだが金は持ってるぅらしい、いい金づるだ。ちょっと遊んでやったら、すぐ泣き出すぃて帰るさ”

 打ち合わせがしたいと言い、机の向こうで、乱入者はよもぎと何やら話しこんでいる。その様子を眺めながら、父親はしきりに手元の金貨を弄っていた。

“それに、わたしらが負ける訳がない。この賭博場には、そのための仕掛けが張り巡らされてるんどぅあからな。どっちみち、奴隷はわたしらのもの。猟でカモシカを仕留めたら、ハトも飛び込んできたみたいなもんさぁ”

【ありもしない希望にすがって、可哀想な奴隷ねぇ。アハハハハハハ!!】

 扇情的な身体を揺らし、娘は殻を抱えて笑った。

「あなたは、一体……」

『おっと、自己紹介がまだだったな。オレはジョナサン。ジョナサン・P(ピジョン)・ナナセ。ま、通りすがりの渡り鳥さ』

「ジョナサンさん、どうして、私のことを?」

『呼び捨てでいいって、語呂悪いし。さっきも言ったろ、オレは賭け事が好きなのさ。ま、そんな事より』

 よもぎの肩に手を乗せ、耳元に口を近づける。

『さっき、オレがマイナス90ポイントの交渉をした時、お前は悲鳴を上げたな。その通り、この状況は絶望的にマズい。正攻法では無理だ』

 皆の前では見せなかった、突き刺すような眼差し。瞳の奥に宿る炎が、よもぎの心を捉える。

『お前の姉弟(きょうだい)が挑んだゲーム、オレの見る限り、配られるカードにイカサマは無かった。四人のカード配列は正真正銘のランダム、ゲーム中のすり替えもなかった』

 よもぎはじっと、ジョナサンの話に聴き入る。

『コンビネーションの方も、あの二人は決して負けてはいなかった。腕は未熟とはいえ、感覚を掴める中盤からなら状況をひっくり返すことも可能だった。だが、戦局は変わらず、圧倒的な点差をつけて、二人は敗れた』

 朱色の瞳だけが、よもぎの方を向く。

『敗北の、一番大きな要因は、何だと思う?』

「……パニックに、なったこと?」

『近いな。真の原因は、混乱が引き起こした状況にある。ゲームの際の、二組の違いを思い返してみろ。あいつらが平然と手札を出せた理由、二人の混乱が招いた結果。死中に活を求めるなら、そこだ』

 首をひねるよもぎに、ジョナサンは言葉を続ける。

『オレはお前を助ける訳じゃない。ただ、お前の意志に従うだけだ。もし、途中でお前の心が折れたと感じたら、オレは容赦なくお前を見棄てる。このゲームの行方を決めるのは、お前だ。お前がどれだけ奴らに刃向えるかが、勝敗を分ける。お前の、そして、あの二人の運命もな』

 口を真一文字に結び、よもぎが頷く。ようやく、ジョナサンは笑顔を浮かべた。

『いい顔だ。では、お前の決意に免じて‘助言’と‘戦略’を与えよう。まず‘助言’。ハーツは運も必要だが、大半は読みと度胸の勝負だ』

 そう言い、ジョナサンは自分のこめかみを指で叩いた。

『読みは頭脳戦。奴らもオツムが上等な方とは言えないが、経験と年齢の点から、やはりお前は不利。ならば、鍵は度胸だ。間合い、と言い換えてもいいかもしれないな』

 よもぎが目を見開き、顔を上げた。

『気付いたか?それこそ、オレたちが奴らに勝てる唯一の点だ。おそらく、奴らの手を破る糸口にもなるだろう』

 親子に一瞬目線を向け、言葉を続ける。

『そして、戦略だが。ここからは具体的な内容を伝える。いいか――』

 

【遅い、何をやってたのよ!】

『悪い悪い、ちょっと緊張してブルっちゃってさ』

 よもぎとジョナサンの二人が、親子の待つテーブルに着く。

よもぎ!》

〈やめて!今からでも勝負を降りて!〉

 黒服の連行を振り払い、さくらと雪輝が呼びかける。

【うるさい外野ね、どこかにやってくださる?】

「少し、時間をください」

 よもぎが手を上げて立ち、二人に微笑みかける。その眼差しの強さに、二人は驚く。

「大丈夫、必ず、勝つから。見守っていて」

 そして、頭を下げ、再びテーブルに着く。それでも抗おうとする雪輝を、さくらが抑える。

《さくら姉!?》

〈……信じる、しかないわ〉

よもぎを見つめたまま、二人は観覧席へと連れられていった。

【「必ず勝つ」とは、よく言ったものね。ウケる!】

“こらこら、はしたないぞ。じゃあ、始めるか。約束通り、そちらのマイナス90ポイントスタート、でいいなぁ?”

 ジョナサンに向けて話しかけるが、反応はない。代わりによもぎが頷く。

“(ふん、生意気な。ゲーム終わりの無様な姿が見物だな)”

(各プレイヤーに、十三枚のカードを配布いたします)

機械によってトランプのシャッフルが行われ、13枚のカードが、プレイヤーの手元に置かれる。

 手元のカードを確かめながら、父親と娘はこっそり、耳奥のマイクロ端末を起動させた。互いに通信を行い、小声で情報を交換し始める。

“ハー三、スペ五、ダイ二、クロ三。ハートはK(キング)……”

『おい、まだ始めないのか?』

 意識を戻して慌てて顔を上げると、よもぎとジョナサンがこちらを見つめていた。

“もう確認は終わったのかぁ?”

『ああ、早く始めようぜ、待ちくたびれた』

“(カードが配られてまだ五秒も経ってなうぃぞ、これだから素人は。仕方ない、あとで言うぉう)”

 娘に一瞬目配せし、二人を見据える。よもぎも、ジョナサンの方を向いた。二人の目が合い、同時に頷く。

【一瞬で、ケリをつけてあげるぅ】

“チミがもうじきワシらのものに……ウヒョヒョ!”

 四人が手札を構え、

(‘ハーツ’第1ラウンド、スタートです)

 機械の無機質な音声が、ゲームの始まりを告げた。

(第1ターン、クローバーの2を所有するプレイヤーから、時計回りにカードを出してください)

【あら、私ですわね】

娘のクローバー2に続き、よもぎ→父親→ジョナサンの順に、J(ジャック)・4・A(エース)を出した。

(ポイントの変化はありません。第2ターン、プレイヤー:ジョナサン、カードを出してください)

『スペードJ(ジャック)だ』

【うーん、どおしましょう?よ~し、スペードの9ですわ】

「スペード7」

“むぅ、スペードのA(エース)ですぞぉ”

(ポイントの変化はありません。第3ターン、プレイヤー:羽波平(たいら)、カードを出してください)

“おォン、私ですか?……クローバーの5で”

『クローバー7』

【えー……クローバーの9】

 娘のターンが終わったのを見計らい、父親は再び耳奥の端末を起動し、娘と会話を試みる。

“(おい、聞こうぇるか。カード構成を教えろ)”

【(えっと、スぺード……)】

「カードを出して」

“はっ!?”

またも密談を遮断され、父親は慌ててよもぎの方を振り返る。

(ポイントの変化はありません。第4ターン、プレイヤー:よもぎ

 機械のアナウンスが流れる中、よもぎの前には、ダイヤのA(エース)が置かれていた。

“(はぅぁ?このターンはクローバーのはず……いや、今、機械が4ターンと言ってうぃたな。こいつ、このわずかな間に前のターンを終わらせたのか!)”

 自分を見据える鋭い目線に気付き、お茶を濁す

“いやはや失敬。ちょっと戦法を練っていたのでね。ちなみにさっきのターン、キミは何のカードうぉ?”

「クローバー10で私の勝ち。早く」

“おお、こわいこわうぃ……ダイヤか、9で”

『ダイヤ8』

【‘スピード’でもやっているつもりですの?ちょっとは考えなさいよ!】

 瞬時にカードを繰り出したジョナサンに、娘ががなり立てる。娘も思うように交信できず、苛立ちを募らせていた。

『そうか?あんたらが遅すぎるんだろ。貴族のくせに意気地ないねぇ』

【っ!?おだまりなさい!ダイヤの5!】

“こらこら、ゲィムは楽しくやろうじゃないくぁ”

 声を荒げる娘をなだめ、父親はわざとらしい笑顔を浮かべた。だが、父親の内心にも、違和感が生まれていた。

“(どういうつもりだ、こいつら?これまで食い物にしてうぃた連中は、ちょっと揺さぶってやれば、すぐ動転すぃて動きが止まったのに)”

 一方、よもぎは場のカードを見据えながら、試合前にジョナサンから教わった‘戦略’を思い返していた。

『まず、‘守り’の戦略だ。心配すんな、そんなに難しいことじゃねえ』

『要するに、スペードのQ(クイーン)とハート十三枚を取らなきゃ勝ち。この十四枚が現れた時、いかに低いカードを出せるかだ』

『厄介なのは、初めの奴が出したマークのカードを一枚でも持っていたら、絶対出さなきゃいけない、ってルールだ。例えば、場にスペQ(クイーン)が出てる時に、手札にスぺードがK(キング)しかなかったら、目もあてられん』

『だが、このルールを利用する手もある。まず、ゲーム序盤。最初は全員、たくさんカードを持ってる。どれかのマークが切れてる、なんてことはまずない。どんなに高いカードを出そうが、ハートが解禁(ブレイク)される可能性はほぼ0。そこで、戦略一:序盤はとにかく、デカいカードを出せ』

(ポイントの変化はありません。第5ターン、プレイヤー:よもぎ

「ダイヤK(キング)」

 ジョナサンの‘戦略’に従い、瞬時にカードを選び出す。

“お二人も、もう少しじっくぅりプレイされてはいかがか?あまり早くゲームが終わっては、観客も不満だろぉう”

 苦笑し、父親は手札を見つめ、顎に手を当てた。

“次は私からか、ちょっと考える時間をもらえるかぬぇ?”

 そう言い、考えるふりをして口を手で包み、娘と交信を行う。娘も手札で口元を隠し、手札の内容を教え始める。

【(残りハー四、スペなし、ダイ二、クロ三。ハートはA(エース)、J(ジャック)……】

『カードの強さってA(エース)、K(キング)、Q(クイーン)、J(ジャック)の順だよな?確認なんだけど』

 ジョナサンの問いかけに、親子の通信が遮断された。

“当たり前だろぉうが。話しかけないでくれたまえ”

 舌打ち混じりに返し、父は再び娘の言葉に耳を澄ます。

【(ダイヤは10、Q(クイ)……)】

『2ってA(エース)より弱かったっけ?』

“うるさいぞ!!集中でくぃん!”

『悪い悪い。けどさ、まだ?オレたちも観客も待ちくたびれてるぜ』

 客席から、続きを促すコールが起こる。

“(まあいい、だいたいの情報は聞くぇた。すぐに終わらせてやるすぁ)”

溜息を吐き、父親は渋々カードを出した。

“ダイヤの7”

『ダイヤ4だ』

【え、ちょ、ちょっと待】

「まだ?」

『あ~、日が暮れちまうぜ』

【うっっるさい!!ほら、ダイヤ10!】

 顔を真っ赤にして、娘は場にカードを叩きつけた。

(ポイントの変化はありません。第6ターン、プレイヤー:よもぎ

【ほら!とっとと出】

「クローバー8」

 急かしを中断され、娘は地団駄を踏む。それに全く反応せず、よもぎは自分の手札を見つめる。そして、手札のクローバーが尽きたのを素早く確認した。

『最初は大きいカードから出せ、とは言ったが、スペードは例外だ。戦略二:一~三番手の時は、スペ―ドA(エース)・K(キング)は絶対に出すな』

『場のマークがスペードの時、当然スぺQ(クイーン)も自由に出せる。Q(クイーン)もかなり強いんで、持ってる奴もうかつに出せない。下手すれば自分が勝ってしまう。そこに、Q(クイーン)より強いA(エース)・K(キング)が出ようもんなら……想像はつくな?つまり、スぺA(エース)・K(キング)はマイナス13ポイントのスぺQ(クイーン)を呼び込んでしまう、というのが戦略二の理由だ』

『かといって、この二枚を出さずに放置しておくと、強制的に出さされるハメになる。手札にあると分かったら、一刻も早く処理しないといけない』

『方法は二つ。一番いいのは、四番手で出すこと。そこで場の札は流れるから、100%安全。もう一つは、場のマークのカードが手札にない時は、好きなカードを出せるのを利用する』

『そのための戦略三。少ないマークから率先して使い切れ。手札をざっと見て、最も少ないマークの札を優先的に使い、0にする。すると、それが場のマークになった時、自由にカードを処理できるようになる』

『一番ヤバい、スぺQやハートの絵札はここで処理するのが鉄則。場のマークと異なるカードは最弱の扱いになるから、勝つことは絶対にない。とはいえ、今回はチーム戦。味方にマイナス札が行かないようには、気を付けないといけない。だが逆に、敵にマイナス札を放り込むことができたら?』

『いかに早く、場を操れるようになるか。それを心がけろ』

 よもぎが初手で出したクローバーの8を見ながら、父親は頭の中で、娘の手札の情報を確認していた。

“(娘のダイヤは残り一、スペードはなかったな。……よし、この手で行くか)”

父親はクローバーQ(クイーン)を出し、ジョナサンは手札にクローバーがなかったため、スペード8を場に。娘の札はクローバー6。

(ポイントの変化はありません。第7ターン、プレイヤー:羽波平(たいら)、カードを出してください)

自身の手札を見て、ほくそ笑む父親。隙を見計らい、娘に通信を行う。

“スペードを出す。‘解禁(ブレイク)’の準備をすぅいておけ”

娘の口角が上がったのを見届け、場にカードを投げる。

“スペードの3ですぞぉ!”

『スペード5』

【あら~、スペードが尽きてしまいましたわ。どうしましょうかしらぁ~】

 甘ったるい口調で、娘はくねくねと体をよじらせる。そして、よもぎを睨み付け、口元に犬歯を覗かせた。

【ハーートのォ~~~A(エース)ゥ!】

(ハートが解禁(ブレイク)しました。以降、ハートを場に出すことが許可されます)

「スペードK(キング)」

 最も強いカードを出したよもぎの元に、ハートのA(エース)が吸い寄せられる。

(プレイヤー:よもぎ、マイナス1ポイント)

“あら~、さっそく残りマイナス9ポイントでちゅね~、大丈夫でちゅかぁ~?”

 幼児言葉で父親が煽り立てる。しかし、よもぎは父親の方を見向きもせず、場の札にじっと目線を注いでいる。

(第8ターン、プレイヤー:よもぎ

「スぺード4」

“おおひくいひくい。だが、無駄ぴょーっ!スペード2!”『スペードが尽きた。ダイヤ6』

【学習しませんわねェン。スペードはないと言ってますのに……ハートのJ(ジャック)~をプレゼントforユ~!!】

(プレイヤー:よもぎ、マイナス1ポイント)

よもぎ!》

 観客席ではさくらと雪輝が、固唾を飲んでよもぎを見守っていた。

“どうしまちゅ?このままでは二人を逃がすぅどころか、三人仲良くご奉仕でちゅねぇ?”

 執拗な雑言にも、眉ひとつ動かさないよもぎに、父親の笑みが消える。

“(ちっ、気に食わん!まだ状況を理解できてぬぁいのかぁ?)”

(第9ターン、プレイヤー:よもぎ、カードを出してください)

「ハート5」

“(ついにハートを出すぅいたぞ!わたくしは6を出す。いけるか?)”

【(オフコース!ヒーハァ!)】

 素早く娘と通信を交わし、父親が臭い口を開く。

“ハートの3んんん!!!”

『ハート4』

【わ・た・く・し・わぁぁぁ……ハートの2(トゥ)ゥ――!!!!】

「……!」

(プレイヤー:さくら、マイナス4ポイント)

 機械が音声を出すと同時に、親子が両手を鳴らし、コールを始める。

“【あっとよんてん!あっとよんてん!アハハハハハ!!】”

 狂乱の横で、よもぎは俯き、固まってしまった。

『(初めてにしちゃあ、上出来な方だ。だが、ツキが回って来てねえな。さあ、どうする?)』

静かによもぎを見つめるジョナサン。わずかに、よもぎが顔を上げた。

『(……ほう)』

 その目の光は、失われてはいない。ジョナサンと目が合うと、微かに笑みを浮かべた。

『(お手並み拝見、といきますか)』

(第10ターン、プレイヤー:よもぎ、カードを出してください)

 よもぎの手が、力強く一枚のカードを選び出した。

「ダイヤJ(ジャック)」

“(J(ジャック)、だとぉ?ヒャヒャヒャ、やはりただぁの素人だなぁ!そんな高いカードを終盤に残しちゅあった、可哀想なよもぎちゃんに、プレゼントをあげまちょうぬぇ~)”

“おやおや、ダイヤがなくなってしまいむぁしたぁなあ~、じゃあ、適当にこれどぅえでも出しますか……な!”

 机の上にカードを叩きつける。

“スペードのQ(クイーン)!さらにマイナス13ポイントでぇいすなあ!アハハハハハハハハハ!!”

『ダイヤ3』

 勝利を確信し、父親は高笑いを始めた。

“(こるぇだから、奴隷とのギャンブルはやむぅえられん!希望に目を輝かせてゲームに挑んだ奴隷が、破れる瞬間に見せる表情といったら!賭博場内での私の地位も、ますます高まる!最高のショーどぅあと思わんかね!さぁぁぁぁてよもぎちゅああん、キミはどんな嬌態を拝ませてくぅれるのかなぁぁあ?)”

【……お父様?】

 娘の声に、意識を戻す。

“(おっといかんいかん、騒ぎ過ぎたか。まあ、娘もさぞかし喜んで……)”

 浮かれながら、父親は娘に目を向けた。だが、予想に反して娘は頬を引きつらせ、自分を睨み付けている。

【何を、しておられますの?】

“何って、よもぎちゅあんにマイナス13ポイントをプレゼントforユ~したんじゃないか。こんなの、J(ジャック)の勝ちに決まって……”

 父親の笑みが消えた。娘の前に置かれているカードは、ダイヤのQ(クイーン)。

(プレイヤー:羽波舟(ふね)、マイナス13ポイント)

“はぁぁ!?”

 機械の宣告と同時に、娘の元にスペードのQ(クイーン)が渡る。父親は立ち上がり、娘に指を突きつけた。

“さっきお前、ダイヤは10と2と言ってただろぉ!?”

【ちがわい!10とQ(クイーン)って言ったんですのよ!!】

『さっき言った、とはどういう意味だ?』

 親子が顔を上げると、ジョナサンとよもぎの、鋭い目線が突き刺さった。観客の間にも、ざわめきが生まれる。

 ジョナサンを見て、父親がはっと気付く。

“(こいつのせいか!娘と通信している時、こいつが話しくぅあけてきたせいで、混同を!)”

 大きく咳払いをしつつ、父親が笑みを浮かべる。

“いやぁ、目でサインを送った、ということすぁ。そのくらいは問題なぁいだろぉ?ホッホッホ”

 その内心では、悪鬼の如き罵倒が繰り広げられていた。

“(いい気になるぬぅあよ!たかだかあと4ポイント、このラウンドで潰してやる!)”

(第11ターン、プレイヤー:羽波舟、カードを出してください)

【クローバーの3!】

 ほっと、娘が一息漏らした。

【(いくらなんでも、3で勝つことはないでしょ、見てなさい、次にハートを振り)】

「ハート10」

 よもぎの出したカードに、娘の思考が止まる。

“ぬぅ、スペードの10ぅ!”

【(よし、ジジイの所に行くのは回避できた!さあ鳩胸野郎、とっととクローバーを出)】

『ハートQ(クイーン)』

(プレイヤー:羽波舟、マイナス2ポイント)

【はぁぁ!?】

 野太い声を上げる娘に、ジョナサンが呆れ顔を浮かべる。

『これでマイナス15ポイントでちゅね~、大丈夫でちゅかぁ~?』

【……てめぇぇぇぇええええぇぇぇ!!!】

『おいおい怒るなよ、あんたらの真似をしただけだぜ』

 周囲の目線に気付いて、娘が黙り込む。肩を怒らせながら娘は腰を下ろした。

『(やっぱり。オヤジの方はともかく、娘は完全にド素人だな。オレがクローバーを切らしていることも忘れたのか?)』

(第12ターン、プレイヤー:羽波舟、カードを出してください)

“(おい、残り二枚を教え)”

【うるっっさい!!】

 父の通信音声に怒りを爆発させ、娘が怒鳴る。

『おいおい、誰も何も言ってねえだろ?それとも、機械にキレたのか?』

 ますます疑惑の目を強める観客に、父親は焦り始める。

“(バカが、バレたらどうする気だ!仕方ぬぁい、通信はナシだ。ワタクシがぬぁんとか……)”

 自分の残り手札を見て、父親が眉をひそめる。残っているのは、ハートの9とK(キング)。

“(チッ、よもぎか鳩胸野郎に放ぉり込むつもりだったのに、娘が勝つとうぁな。ひとまず、ハートは初手に出さぬよう指示を)”

「カードを出して」

【シャラァアアップ!ハート7!!】

“(馬鹿が!!いや、だが、どちらかが10以上のハートを持ってさえいれぶぁ!)”

「ハート6」

“……ハート9ゥ!!”

“(マイナス4ポイント!くたばりやぐぅあれ鳩胸野ろ)”

『ハート8』

“はぁ?”

(プレイヤー:羽波平(たいら)、マイナス4ポイント)

“ば、馬鹿な!”

(最終ターン、プレイヤー:羽波平、カードを出してください)

 父親から順に、ハートK(キング)、ダイヤ2、クローバーK(キング),スペード6が並ぶ。

(プレイヤー:羽波平(たいら)、マイナス1ポイント)

“く、く……!”

 声を詰まらせる父親を見つめながら、よもぎはジョナサンの‘戦略’の効果を実感していた。

『ゲームの終盤になると、何の札が使われたか、誰が何を出したかの把握が、極めて重要になってくる。極端な話、初手でダイヤの2を出したとしても、他の全員がダイヤを持っていなかったら、2でも勝ってしまうわけだ』

『そこで、戦略四:場にだけ集中し、出たカードを頭に叩き込め。まだ出てない札で、かつ自分も持っていない札なら、必ず誰かが持っている。‘絶対出さなきゃいけないルール’を利用すれば、相手をハメることだってできる』

『ただ、ゲーム中、奴らは下らんことを言って、こちらの動揺を誘ってくる。無視しろとは言わん、そもそも認識するな。あいつらに気を払うのは、こちらから奴らに揺さぶりをかける時だけでいい』

『一番気が逸れやすいのは、マイナスを喰らった時だ。さすがに動揺するかもしれんが。1ターンでマイナス4ポイント喰らうぐらい、ハーツでは当たり前、と認識しておけ。この点差でマイナスを一回も取らずに勝つなんて、できる訳がない。完璧を目指そうとするな。たとえマイナス99になろうと、100にならなければまだまだ余裕だ。でっかく構えろ』

『なあに、一人で戦ってるんじゃないんだ。連中はオレが見張っておく。大船に乗った気持ちで、自分の戦いに専念しろ』

(第1ラウンド、すべてのターンが終了しました。今回のラウンドの結果、羽波(はなみ)親子:マイナス20ポイント。三枝よもぎ&ジョナサン:マイナス6ポイント。

集計結果、羽波(はなみ)親子:マイナス20ポイント。三枝よもぎ&ジョナサン:マイナス96ポイント。いずれのチームのポイントもマイナス100に達していないため、ラウンド続行です)

『残念だったねえ。1ラウンドで終えられなくて』

 振り返った二人に、ジョナサンは笑顔で声をかけた。

【調子こくんじゃぁないわよ!!】

“ふふふふふふふ、勘違いしてないかね、君ぃぃ?これは観客へのサァァビスさ、いくらなんでも1ラウンドで終わってはつまらんからね、はーはは!”

 眉をひくつかせながらも、余裕の表情で父親が応じる。

“さて、ここからが本番どぅあ!おい、とっとと第二ラウンドを始めろ!”

『(本番か、確かにな。次のラウンドを制せるかで、ゲームの流れは変わる。頼むぜ)』

 よもぎに向けて、ジョナサンが念を送る。

(各プレイヤーに、十三枚のカードを配布いたします)

その横で、機械が再び、シャッフルされた13枚のカードを吐き出した。

【ブフッ!】

 配られた手札を見た娘は、思わず笑い声を漏らし、口元を歪ませ、父親に通信を行った。

【(今度こそは奴らを潰せるわ!スぺ)】

『ちょっと』

【あ!?】。

『さっきから思ってたんだが、なぜあんたらは定期的に口元を隠すんだ?』

【ただのクセですけど何か?】

“親子なのどぅえね、考える時はついつぅい口に手を当てたくなるのだぁよ”

 即答する親子に、ジョナサンは笑みを消し、身を乗り出した。

『でもさぁ、そうしながら、いつもブツブツ喋ってるじゃん。集中力が切れるから止めて欲しいんだけど』

“個人の趣向に、とやかく言われる筋合いはなぁいよ!お断りだぬぅえ!”

 父親が言い切ると共に、会場内からブーイングが沸き起こる。予想外の反応に、親子は戸惑い、辺りを見回す。

“(く、やはり不審に思われたか。やむを得まい)”

 娘を手で制し、周りに聞こえるよう、父親はゆっくりと宣誓した。

“ぐぅ、分かった、お客のみなさんが安心できないというなるぅあ、以後は慎しもうではないかね”

『約束だぜ』

 ようやく大人しくなったジョナサンに、父親はいら立ちを隠さず、舌打ちを放った。

【(安心して、お父様ぁ)】

 通信を封じられながらも、娘は父にアイコンタクトを送る。獰猛な笑みを浮かべる娘に、余裕を感じ取ったのか、父親も口の端を歪ませた。

“(それに、まだ手はある。今に吠え面をかくがいい!)”

 机の下の装置を片目で確認し、父親はほくそ笑んだ。

(‘ハーツ’第2ラウンド、スタートです)

(第1ターン、クローバーの2を所有するプレイヤーから、時計回りにカードを出してください)

よもぎがクローバーの2を出し、場に四枚のクローバーが出揃う。カードを出し終えた娘が、小さく笑いを漏らすのを、ジョナサンは視界の隅に捉えた。

『(ヤツのあの表情、何かを仕掛けてくるな)』

 2ターン目、父親からダイヤが四枚。最も高い数値を出したのはよもぎだった。

そして、3ターン目。よもぎはクローバーのQ(クイーン)を選択。父親のクローバー10、ジョナサンのクローバー8が後に続く。そして、娘の番。

娘は顔を下に落とし、頭頂部を見せ、小刻みに震えはじめた。

『おい、どうした?』

【……プ、ププ……】

 娘の鼻から、荒い息が漏れる。

【プ、ブフー……あっはっははははははははは……あはははははははははははは!!!】

 後ろに倒れかけるほどのけぞり、腹の底から笑い声を絞り出す。そして、

【馬ぁぁぁ鹿ぁぁぁだぁぁぁよぉぉぉねぇぇぇぇぇぇ!!】

 唾を散乱させながら叫び、椅子の上に飛び乗り、三角座りの体制になる。

【ここまで早く、思い通りにコトが進むとは思わなかったわ……死ねェ!クソ奴隷ェェェエィ!!】

 大きく振りかぶって、娘はカードを机に叩きつけた。

 よもぎの目が、大きく見開かれる。

【じゃ~じゃじゃ~ん!実は私、もうクローバー、持ってないんだぁ☆。スペードのQ(クイーン)、めっしあっがれぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇえ!!!】

(プレイヤー:よもぎ、マイナス13ポイント)

 容赦のない宣告が、よもぎに降りかかる。

“ん~~~でぇぇぇかしたぁぁ娘ぇぇ!!”

【イェ~~イ!!】

 親子二人の手が、高々と天に掲げられる。

 とすん。

 よもぎの腕が、力なく地に落ちた。

 呆然とするよもぎの表情を見て、満面の笑みを娘は浮かべる。

【勝ったッ!第2ラウンド完ッ!勝負ありね!】

“う~む、これ以上よもぎちゅあんを虐めるのはしのびないよぉ。どうだね娘、ここらで棄権させてあげてぇは”

「……勝負を、続けさせてください」

 俯きながらも前を見据え、震える声でよもぎが懇願する。

“いや、とはいってもね、もうマイナス100ポイント超えちゃってるしねぇ、プフッ!”

『オレからも、頼むぜ……』

“おやおやぁ、どうしたぃジョナサン君、そんなにしょげちまって?まぁぁぁ仕方ないよねぇぇぇ、負債の半分を抱えることになるんどぅあからぬぅえええ。ププゥ!”

『くっそ、マジかよ……』

 頭をくしゃくしゃに掻き、憔悴した表情でジョナサンは訴えかけ始める。

『ラウンド終了時のポイントの差額が、その分だけ一億の負債になるんだよな?だったら、せめて1ポイントでも負債を減らさせてくれよぉ、なあ?』

“ハッハッハ、いいともいいともぉ。しかし君がマイナス90スタートなんて提案、しぬぅあければこんなことにはならなかったのだよ?ハッハッハ!”

(第3ターン、プレイヤー:よもぎ、カードを出してください)

「スペード、3」

 脂汗を流しながら、よもぎが震える手を伸ばす。

“(そ~おぅ、この顔が見たかったぁ!いいザマだ!)”

 満足げに微笑み、娘に視線を送る。

“徹底的にマイナスを送り込め!”

【言われなくても!】

 得点カードの出ないまま、数ターンが流れる。

第6ターン、ジョナサンからクローバーの流れ。ここで、娘がハートを解禁(ブレイク)した。よもぎの顔が引きつり、手札からカードが零れる。

【おやおやぁ!?クローバーQ(クイーン)!?そんな高い数、出しちゃっていいのぉ!?勝っちゃうわよぉ!?】

“おお~残念!Q(クイーン)に勝つカードなんてないよぉ!クローバー9!】

(プレイヤー:よもぎ、マイナス1ポイント)

“ざんね~ん!”

 よもぎの目から、こらえ切れない涙が零れ落ちた。

【ああァン、その表情、たまんなァイアイ!】

 よもぎが出したのは、またもクローバーのカード。出した瞬間、よもぎは息を呑み、慌ててクローバーを引っ込めようとした。だが、父親に制止される。

“だめでちゅよ!よもぎちゅあん!一度出したカード引っ込めちゃぁ!まぁ、パニックになっちゃったのかなぁ?そんなキミに、ラブchu入!ハートのJ(ジャック)ゥ!”

 ジョナサンは頭を抱え、無言でクローバーを出した。

“あらぁ~!?ふっしぎ!私の手札にもクローバーないィ!じゃあハート出すしかないわよね!!”

(プレイヤー:よもぎ、マイナス2ポイント)

 涙をこぼし、荒く息をしながら、よもぎは必死にカードを繰り出す。しかし、一番手を逃れることができない。

(プレイヤー:よもぎ、マイナス1ポイント)

“またまたマイナスでちゅうねぇ♪”

(プレイヤー:よもぎ、マイナス4ポイント)

【あ、黒服、抹茶オーレ持ってきて】

(プレイヤー:よもぎ、マイナス2ポイント)

【♪オ~レ~、オ~レ~、まぁぁぁっちゃオ・オ・レ~!あははははははは!!!】

 ドリンクを片手に、鼻歌を歌う娘に、よもぎの様子をうっとりとした表情で観察する父親。

『てめぇ、やる気あんのか!!』

 ジョナサンが立ち上がり、よもぎに掴みかかった。よもぎの腕は力なく下がり、涙の痕が残る顔からは、表情が消えている。

〈もう止めて!!〉

 観客席、両手を覆い、さくらが泣きじゃくる。

《おい、もういいだろ!よもぎをゲームから離脱させろ!》

 黒服に抑えられながら、雪輝も声を張り上げた。

【さっきからるせェなガキが。これはよもぎちゃん自身が言い出したことなのよぉ?一度言ったことは最後まで守らないとねぇ?】

(プレイヤー:ジョナサン、すぐに席に戻ってください。ゲーム中の他のプレイヤーへの暴力はルール違反です。これ以上継続するならば、即時失格といたします)

『ちっ!』

 よもぎを突き放し、ジョナサンは席へ腰を落とした。そのまま、片手で顔を押さえる。

(第11ターン、プレイヤー:よもぎ、カードを出してください)

よもぎの手から、カードが一枚、すり抜けるかのように落ちる。

“(そそるのぉ!さ~て、あと何枚……)”

 ふと手札を眺め、父親は硬直した。

“(ちょっと待て、もう三枚?あと3回で、ラウンド終了?……よ、よもぎの奴、何枚得点カードを手に入れたんだ)”

 父親はもう一度、手札を見返した。ハートのカードはなく、絵札でない微妙な値のカードが残るばかり。

 次に、今よもぎが出したカードを見る。ダイヤのJ(ジャック)。父親の背に、氷を落とされたような感覚が走る。

“(こいつ、まさかぁ!くそ、私の手札では対応できんっ!)”

“ダイヤ5!”

『……ハート4』

 ジョナサンのカードを見て、父親の恐怖は確信に変わる。

“おい娘っ!!”

【なんですのお父様、騒がしい】

 フルーツオーレ片手に、完全に腑抜けた様子の娘を、父親は怒鳴り付ける。

“のんびりすなぁ!お前、ハートはまだ持ってるか?”

【え?ええ。あぁ、なんだ、大丈夫よお父様。もちろん分かってるわ】

“ならいい!いいか、こるぇ以上ハートを”

【♪ダイヤがないからハートの5!これでまた1マイナスよ、ゴメンねェ~ン】

“こんのクソボケェ!!!引っ込めろ!早くぅ!!”

 慌てて娘のカードを払おうと腕を伸ばすが、ジョナサンに掴まれた。

『駄目だろ、一度出たカードを引っ込めちゃあ』

“……!”

(プレイヤー:よもぎ、マイナス2ポイント)

 辺りに響く機械音声に、父親の焦りが加速する。

『何をそんなにエキサイトしてんだ?』

“決まってるだろぉうが!貴様らが得点カ……”

 ジョナサンの虚ろな表情に、父親の動きが止まる。

『どうせ俺らのコールド負けなんだろ?ああ、どうすりゃいいんだ』

 そのまま机にうつぶせるジョナサンを、呆然と父親は眺める。

“(気付いて、ぬぅあい?)”

 よもぎの方を見る。一言も発さずに俯いたまま、ぼんやりと前を見つめている。

“(なんだ、ただの偶然か!止めらるぇる!今なら!あれを使う時だ!!)”

“おっといかん、カードを落としてしむぅあった!すこし待ってくれんかねぇ?”

 わざとらしく手札をテーブルの下に落とし、探し回る振りをする。

“まいった、どうも老眼でなぁ~”

 わざとらしく喋りながら、机の下に装着された装置の、レンズを覗き込む。

“ククク、この装置から全員の手札が見渡せるという訳さぁ!”

 各机の隅に設置された小型カメラの映像が、レンズの中で小さく動く。画面のうちの一つに、娘の手札の中身が丸写しになっている。

“娘の手札にハートは、ないぃ!やはりあの二人か!”

 二人の画面を覗いた父は、言葉を失った。よもぎもジョナサンも、二枚のカードを手に持たず、机の上に伏せている。カードをめくって確認するそぶりも無い。

“(くぅぅそぉぉがぁあああああああああ!!!)”

『おい』

 突然声を掛けられ、思わず身体が跳ね上がる。結果、天井に頭を盛大にぶつけた。

“あだだだだぁ!!”

 頭を押さえながら机から身を乗り出すと、ジョナサンが腕組みをして、足を鳴らしていた。

『まだ見つからないのか?機械も催促してるぜ』

(プレイヤー:羽波平は、早急にゲームに復帰してください)

“い、いや、見つかったさ。すぐ戻るぅ”

 しつこく頭を気にしながら、父親が席に戻る。

“はっはっは、失敬しっけ”

 椅子に腰を下ろしかけた、父親の動きが固まる。

 一番手のよもぎが目の前に出していたカードは、ハートの4。

“てぇぇぇぇぇめぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!”

 手に掴んだ二枚のカードを、テーブルに叩きつける。

【な、なに、なんなの?どしたオトン?】

“どしたオトン?じゃぬぅえ!特殊ルールだ!!くそっ!くそおおおおおおおおおおぉぉぉぉおぉ!!!”

【はあ、と、特殊ルールって?】

 机を叩く父親に対し、娘は頭に疑問符を浮かべるばかり。

 小さく、笑い声が響く。目と口を閉じたまま、ジョナサンが首を振っていた。

【えっ?】

『まさか、そんな基本も知らずに、ハーツに臨む奴がいるとはな』

“て、てめうぇ……!”

 すっかり元の余裕を取り戻したジョナサンが、二人を嘲笑う。

【はぁ!?どういうことよ!?説明しろよ!!】

『まあ、ラウンドを終わらせようぜ。そうすりゃ、アンタにも理解できるはずさ』

“クソっ!クソッ!!”

【ふ、ふん!ショックでおかしくなったのね!ほら、お父様、何とか言ってやってよ!何凹んでますの!?】

(プレイヤー:よもぎ、マイナス1ポイント)

 第12・13ターン、共によもぎが場札を獲得。同時に、機械のアナウンスが流れる。

(第2ラウンド、すべてのターンが終了しました。今回のラウンドの結果、羽波(はなみ)親子:マイナス0ポイント。三枝よもぎ&ジョナサン:マイナス26ポイント)

【アハハハハハハ!!見なさいよ!なーにが特殊ルールよ、あんたらの超コールド負】

(三枝よもぎ&ジョナサンが、すべての得点カードを揃えました!特別ルールが発動し、羽波親子にそれぞれマイナス26ポイント、計マイナス52ポイントが科されます!)

【はい?】

集計結果、羽波(はなみ)親子:マイナス72ポイント。三枝よもぎ&ジョナサン:マイナス96ポイント。いずれのチームのポイントもマイナス100に達していないため、ラウンド続行です)

【はぁぁあぁぁぁああああああ!!!?】

 娘が野太い悲鳴を上げる。会場からも、どよめきと歓声が上がった。

「……ここまで思い通りに、コトが進むとは思わなかった」

“!!”

【て、てめぇ!?】

 それまで黙っていたよもぎが、口を開いた。わずかに微笑むと、強い眼差しで二人を見据える。

【な、なんで、あんなに惨めったらしく泣いてたアンタが】

『残念だったな。あれは全部、オレたちの作戦だ』

 代わりに答えたジョナサンに、娘は言葉を失った。

『これまでは‘守り’の戦略を伝えてきたが、ここからは‘攻め’の戦略だ。今回、俺たちが最も避けなければならない事は何だ?』

「スペードQ(クイーン)を、得ること」

『そう、俺たちには残り10ポイントしかない。スぺQ(クイーン)を喰らったら即死だ、普通はな。だが、万が一スぺQ(クイーン)を取っちまった時でも、ただ一つ、逆転できる手がある。それが‘シュート・ザ・ムーン’だ』

「……しゅーと・ざ・むーん?」

『‘特殊ルール’のことをそう呼ぶのさ。片方のチームが十四枚の得点カードをすべて獲得した時、ボーナスとして減点0、対戦相手二人にそれぞれマイナス26ポイント。説明で聞いたろ?』

『スぺQ(クイーン)を取ってしまったと分かったら、即座に全部の得点カードを得ることに、目的を切り替えないといけねえ。戦略も真逆になる。ハートが解禁(ブレイク)されないうちに、弱いカードを処理する。ハートを一枚でも奪われたら、このルールは発動しない。ハートの出現が増える中盤以降に備え、強いカードを後半に温存する』

『そして、何より重要なのがこれだ。‘シュート・ザ・ムーン’を狙っていることは、絶対に敵に悟られないようにする。このルールの存在ぐらいは、相手も知っているだろう。こちらが意図的にマイナス札を取っていると分かったら、即座に妨害してくる。そうされると、達成はほぼ不可能になる』

『幸い、敵は図に乗りやすく、底意地も悪い。こちらがスぺQ(クイーン)を取ったところで満足せず、さらにマイナス札を放り込んでくるはずだ。それを利用する。いかに奴らをお輿に乗せて、早い段階でハートを消耗させるかだ』

“特殊ルゥールくらいちゃんと覚えとけぇドアホがぁ!”

【あぁ?てんめぇが調子こくから、こっちも呑まれて忘れちゃったんじゃないぃ!?】

“おんまぇがまずスペードQ(クイーン)なんざぶちこむから、こんぬぅあことになるぅんだるぅおぅ!?こうなることぐぅらい予測できるだぁろうが!”

【はぁ?それっていつのタイミング?何時何分何秒?んなもん分かる訳ねえだろがぁ!!】

 親子が言い争う側で、ジョナサンが額を手で押さえ、呆れ笑いを浮かべていた。我に返った二人が、目を血走らせ、睨み付ける。

『これで、あんたらとは24ポイント差まで迫った訳だ。自覚しろよ、もうアンタらに余裕はない』

【はぁ?それで勝ったつもりなの?いい気になるなよぉ!】

 面子を完全に捨て去り、娘がヒステリックに叫び立てる。

【てめえらだって、所詮あと4ポイントの命じゃない!比べて、こちらはあと28ポイント!2ラウンド耐えられる!!こんぐらぁい、平気なんだよぉぉぉおお!!】

 娘の啖呵に、ジョナサンは首を振り、苦笑を浮かべる。その表情に、父親がいきり立った。

“なぬぅいがおかしい!?”

『2ラウンド、ねぇ。本当に、2ラウンドもあるのかな?』

“ど、どういう意味どぅぁ!?”

『さあな、ご自分で考えたらどうだい?あんたらみたいな凄腕が相手なら、思ってる以上に早く済みそうだ』

【…………はあああああああ!?】

(これより、五分間の作戦タイムとします。各プレイヤーは、お互いに情報を交換しても構いません)

 唐突に、機械が告げた。

 机の傍に集まり、親子は向かい側の二人を睨み付けていた。

【下賤(げせん)の癖にぃ……!2ラウンドもあるのか、ですって?】

“あるわけがないさ、次でやつらぁの負けだからなぁ!この屈辱はたっぷりと”

【待って!まさかアイツ、次も‘特殊ルール’を!?】

“なにぃ?”

【次もマイナス52ポイントを喰らわされればこちらはマイナス124ポイント。敗北が確定する!】

“ははは、そんなことできるぅ訳が”

【いや、ヤツは狙ってくる!見なさいよ、あの態度!!どうせ私らには防げっこないと思ってるんだろ!!舐ぁぁぁぁめやがってぇ~!!見とけよ!!】

“お、おい娘?”

 鬼の如き形相を浮かべながら、娘は側近の黒服を呼び寄せた。

【おい黒服、例の‘アレ’かましてこい!!うるさい!あとで主催者に金を積み倒しゃあ問題ないぃ!!とっとと行って来いや!!】

 尻を蹴られ、慌てて黒服は会場奥へと姿を消した。

“‘アレ’を起動する気か!?あれは本当に本当の最終手段なんだぞぉ!?バレたらどうなるか……!”

 顔面蒼白になる父親と対照的に、頭に血の上りきった娘の目は、愉悦に染まっていた。

【見ててぇ、お父様ぁ。次のゲーム、絶対、私たちの、勝ちだぁかぁらぁ。アハハハハハハハハハハ!!】

『上出来だよ。あれだけ演じれりゃ問題ない』

「ありがとう、でも……」

『そう、‘シュート・ザ・ムーン’の存在はバレちまった。この先狙うのは、難しいかもしれない。だが、大丈夫だ』

「えっ?」

『オレの見たところ、奴らは確実にイカサマを行っている』

「!」

 向かい側の親子を観察し、ジョナサンは冷静に呟く。

『あの様子だと、次はもっと派手なイカサマをやらかしてくるだろうな。内容も大方、予想がつく』

「それが、大丈夫な理由なの?」

イカサマが身を滅ぼすこともある、ってことさ。その辺りはオレに任せろ』

 そう言うと、ジョナサンはよもぎの方へ顔を向けた。

『お前の取るべき戦略は、さっき教えたとおり。あとは、精神力と運だ』

姉と兄の方を見つめ、身体を固くするよもぎ。その肩を、ジョナサンは軽く叩いた。驚き、よもぎはジョナサンを見上げる。

『ま、深刻に考えるな。最悪、イカサマの証拠なり突きつけてゴネりゃいいんだ。気が張り詰め過ぎると、思考力も鈍る。気楽にやろうぜ』

「……」

『どうした?』

「どうしてジョナサンは、協力してくれるの?」

 苦笑しつつ、ジョナサンは首を振る。

『さっきも言ったろ。オレは別にお前を助けたい訳じゃない。それに、他に狙いもあるしな』

「狙い?」

『知りたいか?』

 唐突に、ジョナサンが自分に顔を近づけた。よもぎの心臓が、思わず跳ね上がった。

『オレの狙い、それはな』

 唇と唇が触れ合うほどの距離で、ジョナサンがゆっくりと言葉を吐き出す。瞳に煌めく朱に、吸い込まれるような感覚が、よもぎを満たす。二人の距離が、さらに近く――

『ゲームが終わったら、教えてやる』

 唐突によもぎから離れ、ジョナサンは自分の席へと戻っていった。目を白黒させながらその背後を見つめるよもぎの胸に、ある疑問が去来する。

「(あの人、もしかして?)」

(ゲームを再開します。各プレイヤーに、十三枚のカードを配布いたします)

「……」

『なんでぇ、こりゃあ?』

 自分の持ち札を確認し、よもぎとジョナサンの二人は首をひねり、お互いの顔を見合わせた。

【(キマシタワー!!)】

 一方、娘は口を札で隠し、無音の歓声を上げていた。

その内訳は、各マークのA、K、Q計12枚に加え、クローバーの2が勢揃いしていた。

【(こんなこともあろうかと、ゲームの進行役を一人、買収しておいたのよぉ!疑われないよう、他三人の手札はランダムのまま。だがしかし!私の手札は、この通り最強!)】

 声を発しかねないほど調子に乗っている娘に、父親は目線で釘を刺す。

“(あんまり態度に出すなよ、貴族の私らであれ、バレれば懲罰級の最終兵器ぬぁんだからなぁ)”

“(これさえありゃあ、奴らにもマイナス52ポイントをお見舞いしてやれる!要は全勝すればいいんでしょ、全勝すれば!この手札なら、絶対に負けることはない!100%勝利ぃ~できゅ~ん!アハハハハハハハハ!!)】

 手札を見つめながら身体を前後に揺らす娘の様子を、ジョナサンはじっと見ていた。

 全員に札が行き渡ったのを確認し、機械がアナウンスを読み上げる。

(‘ハーツ’第3ラウンド、スタ……)

『あ!』

 会場中に響き渡るジョナサンの大声に、ゲームの音声が中断される。思わず父親と娘は身震いした。

“うるさいぞぉ!なんなんだ一体!”

『そうだ、なんか変だと思ってた、ハーツって、重要なルールがあったよな?ゲームの開始時に、三枚のカードを他のプレイヤーと交換するってやつ』

 機械に向け、ジョナサンが尋ねる。娘は目を見開くと、慌ててまくし立て始めた。

【今度は何を言い出すかと思えば!そんなルール、見たことも聞いたこともない、進行妨害は止め】

(当ゲームでは、選択性のルールとなっております。プレイヤーの方が望むのであれば、実施することも可能です)

【ちょっ!】

 機械の予想外の反応に、父親も立ち上がり、唾を散らす。

“馬鹿げている!そんなルール、今更使う意味もなぁい!”

『いいじゃんか、何回も同じようにやっちゃあ、マンネリだろう?観客も飽きるぜ。それとも何だ』

 一度言葉を区切り、鋭い瞳で親子を睨みつける。

『せっかく操作した手札が崩れるから、嫌だってか?』

“ぶふぉっ!!?”

【!?!?ななな何を証拠にそげなことおっしゃられてるのかしらぁ?】

 椅子から転がり落ちかねないほどに、親子は動揺した。その反応に、客席のざわめきが大きくなる。一方のジョナサンは、きょとんとした表情を浮かべている。

『はあ?オレはただ、カードを並び替えてマーク順にする操作のことを言っただけだが?何をそんなにうろたえてんだ?』

【べっべっ別に、うろうろたえて、ねっねっねっねーよ!】

 必死に取り繕おうとするが、周囲の疑惑はますます強まる。舞台からもざわめきが聞こえてくるほど、親子を取り巻く空気は悪化していた。

“(ま、まずうぃ!テラまずぅい!)”

 大きく大きく咳払いをし、笑顔を面に張り付け、父親が応対する。

“ハッハッハ。なにやら不名誉な誤解をされているようだねぇ?。娘はそんなルールがあったとつゆ知らぁず、支離滅裂な反応をしてぇしまっただけだよ。よかろう、誤解を解くためにも、そのルールに応じようじゃないか”

【(ちょっ、オヤジぃ!)】

“(三枚くらいがまんせぇ!)”

 娘を目線で黙らせ、しぶしぶ機械に了解のサインを出す。

(了解いたしました、選択ルールを発動します。各プレイヤーは自分の手札から三枚のカードを選び出し、左隣のプレイヤーに渡してください)

【左隣ぃ!?敵にカードが渡っちまうでしょうがぁ!】

『だから面白くなるんじゃあねえか。ほら、早く選べよ』

【わかっとるわ!】

 手札を穴が開くほど見つめ、歯ぎしりを繰り返す娘。

【(ギギギ……しゃーねぇ、まだ低い数値のカードとさよならバイバイするしかねえな)】

 クローバーの2とダイヤ・クローバーのQ(クイーン)を選び出し、左隣にいるよもぎの方に、無言でカードを投げつける。

「カードが裏返る、ちゃんと渡して」

 よもぎの声を無視し、ジョナサンが置いた三枚のカードを掴み、一気に表返す。

【鳩胸野郎ぉぉぉぉ!!】

 手札に飛び込んできたのは、ダイヤの2、8、9。

『なんだよ、比較的低い札をあげたのに。どうすりゃいいんだ』

 わざとらしく戸惑うジョナサンを、父親は鼻で笑う。

“フン、調子に乗るのもここまでですぞぉ。チミたちは、ここで負ける!無様に地べたを這いつくばる姿、さぞ見ものでしょうなぁ、皆さぁん!”

 父親が腕を広げ、会場に向けて笑いを煽ったが、反応はない。

「……地べたを這いつくばるのは、そちらだ」

 よもぎの一声に、会場が小さく沸く。父親は唖然と会場を見渡す。

“(こ、この、賭博場名誉会員の私が、一度たりとも敗北のない私が、圧倒的大差で敵を弄んできた私が、観客を、奪われた、だと……?くそがァァァァ!!、こいつら、ただでは済まさん……!)”

 父親の指が、椅子の縁に強く食い込ませる。

(‘ハーツ’第3ラウンド、スタートです)

 機械の宣言と同時に、よもぎは手札からクローバーの2を繰り出した。

第1ターン、クローバーK(キング)を出した娘が、場札を得る。

【見てなさいよ、アワ吹かせてやるからぁ!アハハハ!】

『ほう、そいつぁ楽しみだ』

 余裕を見せる娘に、ジョナサンが冷静に応じる。

(第2ターン、プレイヤー:羽波舟(ふね)、カードを出してください)

【(おっと、今のうちに、さっき掴まされたゴミ札を捨てておかないと。終盤で連勝して、マイナス札を独占してやる!マイナス52点を喰らわせた時の、こいつらの表情が楽しみだわ!待っててね~待っててね~!アハハハハハ!)】

 想像に酔いしれながら、娘が選択したカードは。

【ダイヤの2!】

「ダイヤ10」

“ダイヤの7ぁ”

【(フフフ、低い低い。当然よねぇ、私が強いカード握ってるんだもの。アハハハハ!)】

『いっけねぇ、もうダイヤが無ぇや。……ハートJ(ジャック)』

【ひょ?】

(ハートが解禁(ブレイク)しました。以降、ハートを場に出すことが許可されます)

【は、はぁ?】

(プレイヤー:よもぎ、マイナス1ポイント)

 状況を理解できず、娘は空を見つめている。父親も、口を開けたまま、固まってしまって動かない。

「しまった」

『うわ、ごめんよもぎ!まずいなぁ、あと3ポイントで脱落しちまう、困ったなぁ』

【はあーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?】

 よもぎとジョナサンの寸劇を前に、娘の絶叫が響き渡る。

『なんだよ、騒々しいな』

【てててててめえええええええええええええええ!!わわ私のハートを奪ったなあああああああ!?】

『お、遠回しな告白か?すまんが他をあたって』

【ふざけるなぁ!!て、てめぇ、何のつもりで】

『つい失敗しちゃったんだって。別にいいだろ、そっちにプラスなんだから』

“無効だぁ!こんな試合はぁ!”

 手札を机の上に投げ付け、父親が立ち上がった。

『はあ?何一つ、ルールにゃ違反してないと思うが』

“黙れぇ!”

 ジョナサンに掴みかかろうとする父親を、音声が制する。

(プレイヤー:羽波平(たいら)は、すぐに席に戻ってください。ゲーム中の他のプレイヤーへの暴力はルール違反です。これ以上継続するならば、即時失格といたします)

 すんでの所で拳は抑えられるも、父親はわめき続ける。

“て、てめぇ、札を交換するとか言って、イカサマを仕ぃ込んだんだろぉ!”

『何をどう仕込みゃあいいんだよ。第一、それはあんたらの方じゃないのか……イカサマ仕込んでんのは』

 ジョナサンはそう言うと、娘の方に鋭い眼光を放った。【ひっ!】

 娘の口から、震えた声が漏れる。

『さあ、ゲームを続けようぜ。これ以上このラウンドが違法だって言い張るなら、今すぐ全員の手札を公開したっていいんだぜ?』

“ぐっ!”

 黙り込む父親の後ろで、娘は言葉すら発せず、全身真っ赤になってぶるぶると震えていた。

(プレイヤー:羽波舟(ふね)、マイナス1ポイント)

(プレイヤー:羽波舟、マイナス1ポイント)

(プレイヤー:羽波舟、マイナス4ポイント)

(プレイヤー:羽波舟、マイナス3ポイント)

(プレイヤー:羽波舟、マイナス2ポイント)

(プレイヤー:羽波舟、マイナス1ポイント)

(プレイヤー:羽波舟、マイナス13ポイント)

『A(エース)とK(キング)をすべて持ってたのか!すごい引きだなあ』

 残りのターン、ほぼ全てのカードを娘が独占。ジョナサンの大袈裟な反応に、観客席の喧騒が大きくなる。

イカサマだ!こいつら、手札を操作してやがったんだ!》

【はぁ!?憶測で物抜かすなクソ奴隷がぁ!】

 雪輝の叫びに、娘が拳を机に叩き付けて反論する。だが、雪輝の言葉に呼応するかのように、観客席からの怒号が相次いだ。

 反則だ!

 失格にしろぉ!

 引っ込め!

【そ、そんな……これは何かの間違いよ!】

 うろたえ、娘は天を仰ぐ。騒ぎはますます大きくなる。

“待ちたまえぇえ!!”

 腹の底から絞り出された父親の重低音に、一気に会場が静まり返る。

“チミたち、何か大きな勘違ぁいをしていないかねぇ?”

 よもぎとジョナサン、客席に向かい、父親が呼びかける。

『勘違いだと?』

 父親は、机中央を指差した。

(第3ラウンド、すべてのターンが終了しました。今回のラウンドの結果、羽波(はなみ)親子:マイナス25ポイント。三枝よもぎ&ジョナサン:マイナス1ポイント。

集計結果、羽波(はなみ)親子:マイナス97ポイント。三枝よもぎ&ジョナサン:マイナス97ポイント。いずれのチームのポイントもマイナス100に達していないため、ラウンド続行です)

“お聞きになあって分かるよぉうに、今回、我々は25ポイントもマイナス!対して、チミたぁちはたったの1ポイント!つまぁり!たとえ娘の手札がどうであれぇ、キミたちは、ほぼ何ら損害を被っていなぁい!”

【な、なるほど!】

 力説する父親に、娘が目を輝かせて同調する。腕組みをして聞いていたジョナサンの身体が、机の下に滑り落ちていく。

『ただの結果論じゃねえか……』

 “今回で、チミたちと私たちは完全に同点になっとぅあ!よもぎちゅあん!ジョナサン君!最後のゲーム、お互い心を改めて、正々堂々と、闘おぉうではないかね!”

 二人の方を交互に振り向きながら、父親はいけしゃあしゃあと言ってのけた。

《ふざけんな!お前らが不正をやっていたのは明ら……》

 なおも非難に沸きかける観客席を、それまで黙っていたよもぎが遮る。そして、親子に問いかけた。

「もう、イカサマはしない?」

“もおぉぉちろんさ。そもそも今までもイカサマなんざ、これっぽっちもやっちゃあいないがねぇ”

「……」

【だ~か~ら~、イカサマなんざ】

 よもぎの目の迫力に、娘が競り負ける。

ぐぬぬ!はいはい、誓います。これでいいんでしょ!】

 沈黙の後、よもぎが口を開いた。

「分かった。次のラウンドで、決着をつけよう」

よもぎ!?》

「自分の手で、私たちの、さくら姉(ねぇ)と雪兄(にぃ)の自由を、手に入れてみせる」

〈……!〉

 さくらと雪輝が、身を起こす。

“うむうむ、その意気だぁ。頑張りたまえぇ”

 胸を撫で下ろしながら、父親は胸の内で悪態をつく。

“(ふう、甘ちゃんの餓鬼で助かったぁぜ。クソ奴隷が、これだけの屈辱を味わせておいて、ただで済むと……)”

よもぎのはからいに、感謝するこったな』

“キミは黙っていたまえ、彼女と話は着いたのだよぉ”

 高圧的な態度をとる父親だが、ジョナサンの刺すような目線に、余裕が崩れかける。

『もし最終ゲームでも、イカサマをするような事があれば……分かってるな?』

 観客席からも怒号が行きかう。父親は目を据わらせ、引きつった笑みを浮かべる。

“は、あまり図に乗るものじゃあないよ。この羽波親子の腕前を、見くびってもらっては困る。よかろう、どちらが正しいのか、はっきりさせようではないかね!”

 双方の目線が交わり、火花を散らす。

(各プレイヤーに、十三枚のカードを配布いたします)

 機械が、それぞれの運命を決めるカードを吐き出した。自分の手札を見た父親は、拳を握った。

“(これはぁ!ククク、どうやら最後にツキが向いてきたらぁしい。13ポイント以上取りさえしなぁければ、勝利!そして、この手札なら、ほぼマイナス札を取ることはぁない!!あとは、娘にさえ気をつけていればぁ!)”

「ジョナサン」

 突如、よもぎが口を開いた。ジョナサンを見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「このラウンドで、私たちは、勝つ」

『……了解』

 ジョナサンはにやりと笑うと、悠然と親子を見据えた。

よもぎぃー!頑張れぇー!!》

 客席から、力の限り雪輝が叫ぶ。隣でさくらを、手を組んで祈っている。客席からも、声援が沸いた。

“(な、生意気な!!)”

 相手の声をかき消すように親子はけたたましい笑い声を上げ、二人を嘲笑した。

“勝つのはワタシらの方だぁよぉぉぉぉう!”

【そうだそうだ!】

『それはカードが決める事さ。さあ、始めようか』

(第4ラウンド、スタートです)

 それぞれの思惑を乗せ、最後の戦いが、幕を開けた。

 第1ターン、父親からクローバー2・Q(クイーン)・A(エース)・3。

 第2~3ターンはスペード。それぞれ9・5・J(ジャック)・2、4・3・7・6が流れる。

 第4~6ターンはダイヤ、3を除く、十二枚のダイヤ札が消費された。

一度も得点札が出現しないまま、緊迫した時間が流れる。

【(スぺードのQは、誰が持ってるのかしら?ジジイか?)】

(第7ターン、プレイヤー:羽並舟、カードを出してください)

【うー、スペードの10!】

「スペードK(キング)」

【(キター!さあジジイ、とっととスぺQ(クイーン)をぉ!)】

 期待を込めた眼差しで、娘は父親を見つめたが。

“ぬぅ、クローバーK(キング)”

 空振りし、娘は机の上に突っ伏した。

【(持ってねーのかよ!となると、あいつらのどちらが)】

『クローバー9』

【(あいつだぁー!)】

 よもぎを睨み付け、娘は冷や汗を流す。

(ポイントの変化はありません。第8ターン、プレイヤー:よもぎ、カードを出してください)

「スペードA(エース)」

“クローバーJ(ジャック)ぅ!”

『クローバー6』

【スペードの8】

(ポイントの変化はありません)

【(くそ、いっこうにハートが解禁(ブレイク)しないぃ!せっかくクソ奴隷がスぺA(エース)なんて最高額のカードを出して……ん?)】

 ふと、娘は何かを閃いた。

【(待てよ、まだ解禁(ブレイク)していないってことは、ハートは出せない。んで、さっきクソ奴隷が出したのはスぺA(エース)。ってコトは!)】

 娘は、よもぎの方を振り返った。

(第9ターン、プレイヤー:よもぎ、カードを出してください)

「スペードQ(クイーン)」

【(やっぱりぃーーー!!!こいつの手札は、ハートで埋まってたって訳ね!マイナス13ポイントを自分で喰らうなんて、ウケる!)】

“おやおやぁ!最初にスぺQ(クイーン)を出してしまうとぉはぁ!こりゃ、こちらの勝利は決まったも同然ですな!”

【残念ねぇ、恨むなら自分の運を恨んでねぇ、アハハハ!】

 無表情のよもぎの周囲で、親子は両手両足を叩いてはしゃぐ。

“私はもぉちろん、スペードなど持ってませんからなぁ。クローバーの10!ハハハハハ!”

『ハート2』

“ハ?”

(ハートが解禁(ブレイク)しました。以降、ハートを場に出すことが許可されます)

呆けた顔で佇む親子を、ジョナサンが嘲笑し返す。

『やれやれ、めでたいことだな。最後の最後まで気付かないとは』

【はぁ?】

“……!お、おまえら、まさかぁ!!おい娘、こいつら得点カードコンプリートを狙う気だ!!”

【ハッ!く、クローバー4!】

 娘はハートを繰り出そうとしていた手を止め、慌てて低い札に切り替えた。

(プレイヤー:よもぎ、マイナス14ポイント)

【あぶねェ、またも騙される所だった。おい、もう第2ラウンドのようにはいかないわよ。徹底的に妨害して】

『妨害?本当にできるのかな?』

“どういう意味どぅあ!”

『可哀想に。結局あんたらは最後まで、戦況を見極めることができなかった、って訳だ』

【ははハッタリかましてんじゃねぇぞ!戦略がバレたんだ、追い詰められているのはてめえらの方よ!】

(第10ターン、プレイヤー:よもぎ、カードを出してください)

 荒ぶる娘を無視し、ジョナサンは一瞬、よもぎに目を合わせる。目を離した直後、手札の中の一枚のカードを一瞬持ち上げた。それを見たよもぎは頷き、深呼吸をする。そして、カードを選び出した。

「ハートJ(ジャック)」

“……クローバーの5”

【うぉいジジイ!!ハート無いんかいぃぃ!?】

“お前だけが頼りだ!期待してるぞぉ!”

【つ、使えねぇ!!】

『ハート4』

【ぐっ!……ハートの3!】

(プレイヤー:よもぎ、マイナス3ポイント。第11ターン)

「ハートQ(クイーン)」

【はぁ!?】

 よもぎが繰り出したカードに、親子の息が詰まる。

“ぐ、ぐ!クローバーの7!”

『ハート5』

【ハート6!!】

(プレイヤー:よもぎ、マイナス3ポイント)

【は、ハハ、おら来いや次ぃ!】

(第12ターン、プレイヤー:よもぎ

【大丈夫三度も絵札が出る訳がねぇ大丈夫大丈夫大夫丈】

 娘は肩を震わせながら、呪文のようにぶつぶつと繰り返している。父親も、臭い息を荒くし、滝のように冷や汗を流している。二人の表情からは、最初の余裕はすっかり消え失せていた。

 二人が待ち構える中、よもぎは表情一つ動かさず、次の札を出した。

「ハートA(エース)」

【ぎょへぇ】

“あぺす”

 予想を上回る最高数値の出現に、二人は奇声を発し、意識を失いかける。

【なんでA(エース)まで持ってんだあああああああ!!おかしいやろがいぃ!】

「あなたにだけは、言われたくない」

 よもぎの冷静な一言に、娘はぐうの音も出ない。

(プレイヤー:羽波平(たいら)、カードを出してください)

 機械に促され、固まっていた父親の手札から、クローバーの8が零れ落ちた。

『ハート7』

【ハートの8億】

(プレイヤー:よもぎ、マイナス3ポイント)

【無視すんな!くっそおおお!!】

“どどどどうする娘ぇ!!もう残り1ターンやぁ!!”

【オロオロすな!大丈夫、この一枚で確実に勝利してやる!最後の最後に地獄を見るのはこいつらよぉ!】

 頭を抱える父親を、娘は黙らせた。過呼吸気味になりながらも、両の歯に力を込め、よもぎを睨み付ける。

(第13ターン、プレイヤー:よもぎ。カードを出してください)

【さ、さあ!カードを出しなぁ!】

 自分の心臓の鼓動を聞きながら、父と娘は固唾を飲んで、よもぎの札に備えている。さくらや雪輝、他の観衆も、物音一つ立てず、ゲームの行方を見守っている。

よもぎは正面を見据えると、手元のカードに手を伸ばした。最後のカード、その値は。

「ハート9」

 父親が長い長い息を吐き、身体を椅子に鎮める。

 娘は真顔になり、よもぎの方を向き、静かに言った。

【油断したねぇ?】

 一呼吸区切った後、唐突に雄叫びを上げた。

【よぉぉぉぉーーーーもぉぉぉーーーーぎぃぃぃーーーーちゃぁああああああん!!】

 自分の順番を待たず、娘は自分のカードを表返した。

【ハート10!10!10!10ぅぅぅぅぅぅ!!!】

“でぇえええええかぁしたぁ娘ええええ!!!これでぇ、我々の勝利だぁああ!!!”

 父親ははしゃぎ、ダイヤの8を場に投げ捨てた。

『……』

【いやぁ~、ここまで良く頑張りまちたよ】

“聞こえますかな、観客の皆様方!もみじちゃんの健闘ぉを讃えて、大きな拍手を”

(プレイヤー:ジョナサン、マイナス3ポイント)

“贈ろうでは……”

 上機嫌に周囲を煽っていた親子の、動きが止まる。数秒の沈黙のあと、機械に向けて絶叫する。

【ちょっと待ったぁ!!?今なんて!?】

(プレイヤー:ジョナサン、マイナス3ポイント)

 アナウンスが繰り返されるが、二人は状況を飲み込めず、魚のように口をぱくぱくとさせていた。

 沈黙の戻った場に、笑い声が響く。ジョナサンが二人を眺め、顔の前でひらひらとカードを振っていた。

『ハートの、K(キング)』

“あ、あ……!?”

『この‘ハーツ’はチーム戦。2人で得点カードを獲得しても、‘特殊ルール’は発動する』

【て・め・え……!】

(第4ラウンド、すべてのターンが終了しました。今回のラウンドの結果、羽波(はなみ)親子:マイナス0ポイント。三枝よもぎ&ジョナサン:マイナス26ポイント)

よもぎが得点札をすべて獲得するつもりだったことに、オレは最初から気付いていた。だから、ハートの解禁(ブレイク)を遅らせ、数値の高いハートを最後に残していた。それだけの事さ。残念だったなあ、‘貴族’さんよ。あんたらの負けだ』

“私たちの……”

【負け…………?】

(三枝よもぎ&ジョナサンが、すべての得点カードを揃えました!特別ルールが発動し、羽波親子にそれぞれマイナス26ポイント、計マイナス52ポイントが科されます!)

 よもぎとジョナサンの二人は、親子に指を突きつけると、同時に言い放った。

『「シュート・ザ・ムーンだ」』

【ぬぅぅぅぅぅうぅうぅぅぅぅううううううううううううくっそおおおおおぉおおおおおおおぉぉおおお!!!!!】

 娘は絶叫すると、カードを床に叩き付けた。身体が崩れ落ち、地面に突いた膝が音を立てる。そして、

【あああああああああぁああぁぁあぁああぁあぁああぁああぁあぁあああああぁあああああぁぁあああああぁぁあああぁあああぁあああああぁあああああああぁああああああ】

 地にうずくまり、拳を何度も何度も叩き付け、凄まじい金切声を上げた。

“ぐわぁああああああぁああぁあああああああああああ”

 父親も頭を抱えたまま、身体を一回転させ、勢いよく床に倒れ込んだ。

(集計結果、羽波(はなみ)親子:マイナス149ポイント。三枝よもぎ&ジョナサン:マイナス97ポイント。片方のチームのマイナスが、100を上回りました。次のラウンドは行われません)

一呼吸置き、機械が高らかに読み上げた。

(ゲームセット。三枝よもぎ&ジョナサンの勝利です)

 場内が、歓声に満たされる。

〈やった……!〉

よもぎ!》

 さくらと雪輝が、客席の柵を越えて、よもぎの元に駆けてくる。

「さくら姉(ねぇ)、ゆき兄(にぃ)!」

 よもぎの顔に笑顔が戻り、腕を広げて二人を出迎える。ジョナサンも微かに笑みを浮かべ、立ち上がって三人を見守っている。

 三人の姉弟(きょうだい)の手が、今触れようと――

 場内に、乾いた音が響いた。

《がッ!?》

 突然、雪輝がその場に崩れ落ちた。足から血が流れ、床に血溜まりを形作っていく。

「ゆき兄ぃ!?」

“動くなァ!!!”

 振り返った先で、父親が血走った瞳でこちらを睨んでいた。手には銃を構え、その銃口からは硝煙が立ち上っている。

 ジョナサンが構えるが、別の方向からも怒号が響く。

【動くなっつってんのが分かんねえのかド腐れェ!!まずそこのクソ奴隷どもから皆殺しにしてやろうか!?】

 父親の反対側、数百人もの黒服を従え、娘がおぞましい形相を浮かべていた。黒服は全員銃を構え、よもぎ達四人に狙いを定めている。ジョナサンは舌打ちを一つすると、両手を上げた。

【調子こいてんじゃねえぞクソ奴隷がああああ!!!!】

 黒服の一人から機関銃を奪い取り、よもぎ達の側に掃射する。机上の機械が壊れて飛び散り、カードが辺りに散乱する。観客は悲鳴を上げ、一斉に会場から避難し始めた。

〈約束を破る気なの!?卑怯者!〉

【うるせえ殺すぞ!!ちょっと優しくしてやりゃあとことんつけ上がりやがってえ!!】

「ゆき兄、ゆき兄ぃ!」

『おいおい、ずいぶんと話が違うじゃねえか』

 雪輝に呼びかけるよもぎを横目に、ジョナサンが親子と対峙する。

“ふ、フヒヒ!おまえら、ほ、本当に信じてたのかぁ?ゲィムに勝てりゃ、自由になれるとぉ?こんなゲィム、ただの余興!てめえらを奴隷から解放だァ?んなコトする訳ねぇだろうがよ!”

 臭い唾液を口から垂れ流し、父親が言い放つ。

「……!!」

“ゴミ屑の奴隷がどれだけ足掻こうと、所詮は奴隷でしかない!!てめぇらは俺らの思い通りになる、玩具に過ぎない!そういう筋書きなんだよぉ!”

【よくもいいように弄んでくれやがったな……この礼はたっぷりとしてやるぜぇぇ】

〈放して!〉

 黒服が押し寄せ、さくらとよもぎを取り押さえる。さらにジョナサンを取り囲み、一斉に銃口を向けた。

【まずはてめえだ、鳩胸野郎ォ!バラバラのグチャグチャにして殺してやるぅ!!】

「止めて!」

 よもぎが、娘と父に向けて叫んだ。

【命令すんなクソ奴隷がぁ!】

 よもぎに向け、娘が発砲する。弾はよもぎの髪を掠め、その一部を千切れ飛ばした。だが、怯むことなく、よもぎは懇願する。

「私を、好きにしていい。だから、この三人には手を出さないで」

【はぁ!?ざけんな一人も逃す訳……】

“まぁ待て娘よ”

 なおも銃を向ける娘を、父親が手で制した。

“奴隷とはいえ、殺すとあとあと面倒ぉだ。私らもちょっとエキサイトしぃ過ぎた。そもそも、よもぎちゃん一人が手に入るのなぁぁら、それぇで良かったじゃないか”

 銃を降ろし、父親は舌なめずりをする。

“今後一生、私らへの絶対服従を誓うのなぁら、三人を解放してやる!”

「はい、誓います」

よもぎ!』

 声を張り上げたジョナサンの方へ、よもぎは一瞬振り向いた。微笑みを浮かべると、すぐに感情を消し、父親に向き直った。

“な、なら証拠を示してもらおうか。今すぐここで土下座しろぉ。地面に這いつくばって「平(たいら)様、舟(ふね)様、卑しい奴隷めが逆らって申し訳ございません。今後は身も心も改めて、毎日ご奉仕いたします」と言えぇ!”

〈やめて!代わりに私――うっ!〉

 黒服に背後を殴られ、さくらは意識を失った。

「さくら姉!」

【うるせぇから少し黙らせただけよぉ。早くやれよ!クソ奴隷ェ!!】

 顔に何重もの皺を浮き上がらせ、娘が叫び立てる。

 よもぎが膝を折り、地面に手を突いた。手足の鎖が擦れ、鈍い音を立てる。

「平様、舟様、卑しい奴隷めが逆らって申し訳ございません。今後は身も心も改めて、毎日ご奉仕いたします」

 身を縮こめて土下座し、よもぎは言われた台詞を述べた。

“へ、へへ、それでいぃぃぃんだ”

 倒錯した笑みを浮かべる父親に、娘も下卑た本性を覗かせる。

【じゃあ次の命令だ。今すぐ服を全部脱げ!!】

「!」

“ちょっと娘ぇ、そんなことさせちゃうのぉ?”

【いいじゃない、どうせ、これから先、たっぷり拝むことになるんだからぁねぇ。オラ、聞こえてたろ、とっとと脱げよ!!】

 躊躇しながら、よもぎは服の袖を外し始める。該当が外れ、下着姿になる。

【下も脱ぐんだよ!!早くしろよぉお!!!】

 下着に手をかけたよもぎの表情が、羞恥に染まる。手足が震え、目の端に涙が滲む。

“こここれはたまりませんなァ!!さすがはわが娘ェ!”

【い、いいザマだ!!ウヒ、ウヒヒヒヒヒヒヒ!!】

 目前の出来事を、ジョナサンは冷めた瞳で、ぼんやりと眺めていた。

『(いつだって、現実はこんなもんだ。大逆転のシナリオなど、そうは起こらない。ゲームとは違うんだ。だが)』

 下着を降ろし、秘部を手で隠して、よもぎは泣き出してしまう。その目を、ジョナサンは見つける。

『(よもぎよ、おまえはそれでいいのか?姉弟(きょうだい)のために自分を売り渡して、それでもお前は構わないのか?おまえの魂も結局、‘奴隷’のままなのか?)』

“だめじゃないかよもぎぃちゅわぁぁん。一番大事な所を手で隠しちゃあぁあ!どれ、ひとつ私が外してあげ……い、いや、ここはお前に譲ろぉう”

【あら、どうなさぁいましておジジイ様ァ?】

“う、後ろよりまずは前から慣れたぁ方がいいだろぉ。そ、その方が反応もいいしぃなァ、ホヒヒヒヒィ!!”

【あら、それは私も同じでしてよぉ。まずはてめえが手ほどきしてやるのがいいんじゃないかしらぁ】

「……」

【ん?】

「……せめて、舟様に……」

 よもぎが、消え入るような声を漏らす。

“おいおい娘ぇ!本人からリクエストゥだぞぉ!!”

【仕方ないなあ、たっぷり可愛がってやるか、イヒーヒヒ!】

 娘が鼻息荒く、両手を伸ばし、よもぎに近付く。よもぎは涙を流したまま、俯いて動かない。

 ジョナサンは溜息を漏らし、目を閉じた。

『(オレの、見込み違いだったか。まあ、ハーツの試合が楽しめただけでも良しと……)』

【がぁあ!?】

 娘の悲鳴に、ジョナサンの瞳が開かれる。

「動くな!」

 娘が自分に触れた瞬間、よもぎはその手首を掴み、背後に組み付いた。娘を盾にとり、隠し持っていた櫛(くし)を、娘の首元に向ける。

“ななななんだとぉう!?”

【こんのガキヤァアアアアアアアアア!!?】

「撃ってみろ、こいつもろとも巻き添えにしてやる!」

 櫛の鋭利な先端が娘の皮膚に刺さり、血を滴らせる。

【て、てめぇ!くそっ、このガキ、どこにこんな力がぁ!?】

「これも、筋書きのうちか?」

 父親に向け、よもぎが低く呟く。

“へ、へぇ?”

「奴隷は、奴隷でしかない?お前たちの、思い通りになる?ふざけるな!!!」

爆発の如く空気をつんざく怒声に、その場の全員が体を慄(おのの)かせる。

「僕(、)は認めない。餌にされるだけの終わりなど。死んだって、お前らになんて屈するものか……!」

“わ、わわ分かったから、ご乱心はやめちくりぃ!!”

「今すぐ僕たちを解放しろ!!でなきゃこいつの首を!」

【ちょおムカつくんですけどおおおおおおおおおおお!?】

『ははははは!』

 鳩胸を揺らし、ジョナサンが豪快に笑った。黒服が警戒を強めるが気にも留めず、よもぎを見つめる。

『気に入ったぜ、よもぎ!それでこそ、オレが見込んだ男(、)だ。どれ、オレも一肌脱ぐとするか』

 その時、銃弾がよもぎの櫛を射抜き、弾き飛ばした。

「ぐっ!」

よもぎの拘束から娘が逃れ、銃口が一斉によもぎの方を向く。

“ハッハア!黒服の一人に客席から狙撃してもらったのだよぉ!こんな危険な奴隷はぁもういらん、死ねぇ!”

 刹那、よもぎの目前に光が煌めく。訪れる衝撃に、よもぎは目を閉じた。

「(身体が浮いている。僕は、死んでしまったのか?)」

 恐る恐る目を開く、その先に、翼が広がっていた。

“【あああああああああいいいいいいいいい!!?】”

 何が起きたのか、親子には理解できなかった。

 よもぎを取り囲んでいた大勢の黒服が、全員地に倒れ、意識を失っていた。

『なんでえ、ちょっと音速で撫でただけだぜ?ヘタレが』

 その先、唖然とするよもぎを抱え、ジョナサンが立っていた。ジョナサンの背からは、視界を覆い隠すほど巨大な、双(ふた)つの翼が生えている。

【ななななんだこいつは!?撃てえ!!】

 慌てて娘が、残りの黒服に命じる。無数の銃弾が放たれる直前、ジョナサンとよもぎの姿が掻き消えた。

“どど、どこ行ったあ!?”

『遅い遅い。遅すぎてあくびが出らぁ』

【はぁーーー!?】

 背後を振り返ると、ジョナサンが翼をはためかせ、宙に浮かんでいた。

「……!」

『おっと、今は喋るな、舌噛むぜ』

 ジョナサンに向け掃射が放たれるが、ジョナサンはまたも一瞬で掻き消え、ステージの中央に立つ。

『さて今度は、こちらからいくぞ』

 風を切る音が響くと同時に、ジョナサンは親子たちの背後に移動する。たったそれだけの動作で、黒服の半数が倒れていた。

“な、なぜ、奴が動いただけで、黒服がぁ!?”

『ちょっとスピードを緩めてやるから、少しは楽しませてみろ』

【撃てぇー!撃ちまくれェえええええーー!!】

 飛び交う銃弾の中を器用にすり抜けながら、ジョナサンはよもぎに語りかける。

『この速度なら、喋っても大丈夫だ。大丈夫か?』

「あなたは、一体……?」

『自由を往く鳥さ、カモメではないがな。っと、とりあえずこれ羽織っとけ』

 よもぎで裸体なのに気付き、器用に自分のマントを外して渡す。

『さて、オレは今、このまま飛び去っても別にいいと思ってる。オレの一番の目当ては、何を隠そうお前だしな』

「でも、さくら姉とゆき兄が!」

『正直、オレにはその二人を助けるメリットは、ない』

「……二人を、助けてくれ、お願いだ」

『オレは聖人君子じゃないんでな。行為には代価を求める。その見返りとして、お前は何を提供できるんだ?』

「それは……」

『浮かばないのなら、オレから提案しよう。二人を助けて欲しければ、よもぎ、オレの餌となれ』

「!」

『ま、そういう事だ。人間、そう簡単に筋書きから逃れることはできんのさ』

「……違う」

『ん?』

「僕があなたの餌になるんじゃない。僕が、あなたを選ぶ。これは、僕自身の意志だ』

『!』

「連れて行ってくれ、ジョナサン!」

『……ははははは!!』

 双つの翼を揺らし、ジョナサンが大声で笑った。そして、よもぎの瞳を覗き込む。

『いい解答だ、反逆の心(ハーツ)を持つ者よ。ますますオレ好みだ。よし、交渉成立だ!口を閉じてしっかり掴まってな!』

 ジョナサンの速度が、再び音速へと達する。

“クソ鳩胸野郎が、効き目がねぇえ!?”

 瞬く間に次々と倒れ伏していく黒服の中を、親子は必死で駆けていた。

【オヤジ、私に策がある!ヤツが黒服に気をとられているうちに……!】

 娘の耳打ちに、父親が瞳を輝かせた。

『ふう、こいつらで終わりか?』

 一方、ジョナサンとよもぎは黒服を全滅させ、舞台の上にいた。

『あれ、あの親子はどこに』

“そこまでだぁ!”

 声の先には、父親と雪輝が。父親は雪輝の喉笛に銃を突きつけ、こちらを見て笑みを浮かべている。

『なんだそりゃ?脅しのつもりか?』

【ああ、その通りよぉ!】

 反対側からも声が響く。振り向くと、娘もさくらのこめかみに銃を突きつけていた。

「さくら姉、ゆき兄!」

“いくらてめえでも、ダブゥルで対応はできねぇだろう”

【動くなよ、その目障りな胸に風穴開けてやるわ】

 ジョナサンの頬を、一筋の汗が伝う。

『カッカすんなよ。どうだ、そんなことよりもっかい‘ハーツ’でもやろうじゃねえか』

“断ぁる”

 親子それぞれが、銃口をジョナサンに向ける。

“ゲームセットだ、死ねぇ!”

『そりゃ残念だ』

 ジョナサンが呟いた直後、遥か遠くから銃弾が飛んできて、親子の銃を弾き飛ばした。

【なぁ!?】

『遅いぞお前ら。だが、収穫は上々のようだな』

 会場の外から、大きな袋をいくつも抱えた老若男女が、会場内に押し寄せた。全員の衣服に、ジョナサンの帽子と同じ羽があしらわれている。中には、背に翼を生やしている者もいた。大勢に銃を突きつけられ、親子は混乱に陥る。

【何なのこいつらぁ!?】

『帝国の資本家層(ブルジョワジー)共からたんまりいただいた、という訳さ。この、宇宙海賊ジョナサン一味がな!』

 三角帽の羽を揺らし、ジョナサンは鳩胸を張る。

“こ、こんなことぉ!!”

『私の筋書きにない、とでも言うつもりか?残念だったな。最初から、オレの筋書き通りさ。さ、二人を返してもらおうか』

“ぐ、ぐ……!うぉおおおおおお!!!”

【今日はこのぐらいにしといてあげますわ!!あばよ!!】

 捨て台詞を吐き、親子は一目散に会場の外へと駆けていった。後を追おうとする部下を、ジョナサンが制する。

『放っておいて構わん。それより、あの兄ちゃんと姉ちゃんの手当てだ』

 そう言い、ジョナサンは雪輝とさくらを指差した。

『二人とも、こいつの大事な家族だからな。丁重にもてなしてやってくれ』

 よもぎが、ジョナサンの顔を見上げた。

『さて、あんまり長居してたらサツが来る。出発だ!』

 そう言うと、よもぎを抱えたまま、ふたたびジョナサンは飛び上がった。他の船員も歓声を上げ、さくらと雪輝を保護し、ジョナサンの後に従った。

 賭博場を脱出した親子は、宇宙船に乗り込み、命からがら脱出した。

【このまま引き下がるのぉオトン!?】

“んな訳あるかぁい!!屋敷に戻るぞ、人員をもっと雇って、あいつらを皆殺しに……!”

(羽波平(たいら)様、羽波舟(ふね)様ですね)

“な、なんぞぉ!?”

 二人の乗る船の前方に、巨大な戦艦が立ち塞がっていた。

(賭博場事務局の者です。これより、あなた方二人を拘束させていただきます)

【……はぁーーーー!?なんでだよ!?】

(ゲーム中の通信・盗視・手札操作の違法行為に加え、会場内での暴動。当賭博場の規則に従い、会員資格の剥奪に加え、懲罰を受けていただきます)

“ふざぁけるな、そんなものに従う必要はなぁい!”

 吐き捨てると、父親は船の進路を大きく逸らし、戦艦から逃れようとした。だが、戦艦から光が放たれ、二人の船を包囲した。

“がぁああぁあぁああぁああぁあ!”

【ちょお痛いんですけどぉおおおぉおぉおおぉおぉ!!】

 親子の体を光が包み、強烈な電流が走る。

(これは強制です。あなた方に拒否する権利はありません)

【て、てめぇらぁ、私たちの味方じゃないのかよぉ!?】

(我々は、勝者の味方です。あなた方も、かつては勝者だったかもしれない。だが、今は敗者。説明は以上です)

“は、放せ!放せェええええええええええええ!!!”

【ち~き~しょ~お~!!!】

 親子を乗せた船は、戦艦の中、深い闇へと吸い込まれていった。

「ジョナサン、どうして僕が、男だと?」

『まあ、オレも似たようなものだからな』

「やっぱり、ジョナサン……女の人なんだね」

 鳩胸にしては柔すぎる感触に、よもぎは顔を赤く染める。

『厄介なもんだ、心(ハーツ)ってのは。持てば持つほど、身体は重みを増しちまう』

「……」

『だが、心(ハーツ)をとことん突き詰めて、運命の人(スペードのクイーン)と巡り逢うことさえできりゃあ!皓々(こうこう)たる月の世界まで、ひとっ飛びって訳だ!かの偉大なる冒険家、シラノのようにな!』

 子供のようにはしゃぐジョナサンに、思わずよもぎは噴き出した。

「月か。昔はよく、家族で眺めたな。奴隷として連行されてからは、もう一生見れないんじゃないかと思ってたけど」

 夜空を横切る、二人の視線が交わる。

「不思議だね、ジョナサンとなら、月にだって行ける気がするよ」

『ふむ、月か。悪くないな。よし、次の目的地は月だ!』

「え、ええ!?」

『せっかく婿を手に入れたんだ、そこで蜜月(ハネムーン)と洒落込もう』

「ちょ、ちょっと?‘餌’ってそういう意味なの?」

『当然だろ、それとも、オレのような運命の人(スペードのクイーン)は嫌か?』

 不安気に自分を覗き込むジョナサンに、よもぎの胸が跳ね上がる。

「そ、そんな事ないけど」

『なら決まりだな。いざ、月世界旅行(シュート・ザ・ムーン)!』

「ってちょっと、速度緩めてぇ――――!」

 その後、月世界でよもぎは無事、ジョナサンに召し上がられた、という事である。         

(おわり)